ハイライト

いまこそ地球未来学を(池田元美 氏 / 北海道大学大学院 地球環境科学院 教授)

2009.11.25

池田元美 氏 / 北海道大学大学院 地球環境科学院 教授

北海道大学市民公開講座「持続可能な低炭素社会」第13回講義「低炭素社会と他の諸課題との両立」(2009年7月9日)から

北海道大学大学院 地球環境科学院 教授 池田元美 氏
池田元美 氏

 2002年北海道大学では、21世紀COE拠点形成を開始、地球の劇的変化のメカニズムの解明と定量化に貢献してきた。地球温暖化が何を意味するか正しく理解し、その問題と解決策を相互的に見て対処しなければならない。

 二酸化炭素(CO2)が増加すると地球に熱を閉じ込めることを、大昔の気候が教えてくれる。CO2は恐竜時代は多く、氷期には少なかった。ただし竜巻の発生など何でも地球温暖化に結びつけず、注意して考えよう。特にメディアは安易に地球温暖化のせいにしがちだ。

 地球温暖化で何が起こるか。まず気温については今後2度から8度くらいの幅で上昇、亜熱帯地方などでは降雨量が今世紀末には1日3ミリ、1年で約100ミリ減少するところもあると予測される。札幌は年1,300ミリ、日本は年1,500ミリの降雨量だから深刻に感じないかもしれない。だが年間降雨量が500ミリの地域なら大変なことになる。注意すべき点は、穀倉地帯や中緯度の人口の多いところで雨量が減るということ。米国中西部、欧州南部、豪州、アフリカと雨の少ない地域が南北に広がる。食糧生産への影響が大きい。雨の降り方も変わり、日本は梅雨が長くなり雨量が増える。

 もう一つ自然界の炭素循環も重要な点だ。地球上に炭素は、大気7,500億トン、海洋40兆トン、森林6,000億トン、土壌に1兆トン存在している。海洋は年に900億トン放出し920億トンを吸収。海の植物プランクトンが光合成によってCO2から有機炭素を作り、沈んでいく。こうしてCO2が大気から海に吸収される。

 現在、全世界のCO2排出量は、炭素換算で年60億トン。世界の人口は約68億人だから年間一人あたりの排出量は約1トンになる。米、加、豪は各6トン、日欧各3トン、中国は1トンだが増加しつつある。京都議定書では先進国が率先してCO2の排出を減らすことにした。日本は2010年までに1990年比6%減としている。

 大気中のCO2濃度は人間活動により今380-390ppmに増えている。もし現在の1.5倍、550ppmになると気温が2度上昇するという将来予測がある。森林は、呼吸によるCO2排出が600億トン、光合成によるCO2吸収は610億トンと収支の差が少ない。しかも陸域の土壌と合わせて100年で吸収の限界に至る。このときどういう世界になっているか。海洋に年間20億トンの炭素を吸収してもらうとしても、現在の排出の3分の1相当だ。2050年までに60-70%減という日本の目標はこのことに基づいている。

 日本は排出削減の半分程度を森林吸収に頼っている。当面はそれで京都議定書を遂行、ただ、今は自然界による吸収のほうが多いが、その働きが狂うと逆転もありうる。

 そして50年後、発展途上国のCO2排出は現在の先進国の排出量を上回るだろう。削減目標達成のために幾つかの方策が挙げられる。(1)エネルギーの節約、炭素税などの政策、生活スタイルの変換 (2)燃料電池などの技術開発と新エネルギーの利用・推進 (3)CO2の貯蔵・隔離(地中に埋め込む) (4)海洋吸収の効果を明らかにし、実行する(炭酸塩は1,000年でほぼ一様に海洋中に拡散する)—。基本的にこれらのすべてに頼らなければ無理だ。

 折しも未曾有の経済危機に対してグリーン・ニューディールが提唱され、世は環境重視の趨(すう)勢だ。先進国は環境の変化に適応力があるが問題は発展途上国。直接人間に被害が及ぶ。過去のCO2排出は先進国にかなり責任がある。それに国際関係が変化している。少数の先進国が製造、多数の途上国が原材料を供給というのは過去のこと。今後、新興国でも工業化が進み先進国の仲間入りをしてくると、競争が激化して先進国の労働が低廉化する。従来の産業・貿易・労働の国際分業の継続は無理だろう。

 必然的に地球規模の環境問題も深刻化する。2010年前後にCO2削減達成を目指した後、20年後の2030年までに経済、自然環境は大きく移行するのではないか。エネルギー供給量の飛躍的増大と人口増加が予測される。これまでの50年間で世界の人口は2.4倍になった。50年後は90億から100億人といわれる。

 新聞記事によれば、日本の「経済戦略」では、無原則な土木建築依存が顕著だ。環境と仕事は両立させなければいけない。途上国には食糧でも世話になっている。21世紀、日本は変化する世界の助けにならなければ。

 既に世界は次の課題に直面している。地球温暖化、生物多様性、食糧問題、健康被害(一番の広い関心事かもしれない)、水資源確保(工業・農業需要、雨の減少でダブルパンチ、これが先に大問題になるとの話もある)、エネルギー資源(産業活動の増大、先進域に人口拡大)。いろいろなプレッシャーが起きている。

 人間社会への影響を分析してみる。気温上昇により熱帯風土病が中緯度に拡がる。マラリアがそうなりつつある。降水の変化と土壌の水分低下によって農作物が打撃を受け、沿岸域の被害が大きくなる。

 海面上昇については、今世紀に50センチを超える可能性(最大1メートルまでと幅があるが)を将来予測としている。この海面上昇に加えて、潮汐や高潮などによって水位が上がる時に、水面が堤防の一番高いところを超えて被害が起きる。

 森林破壊が進むと地球温暖化が進む。因果関係が逆の場合も起きる状態になったら、正のフィードバックという双方向の働きが起こり始め、脅威だ。科学的な評価では、今のところ暖かいと木が余計に育つ。もう少し気候変動が大きくなり、雨が減ると森林破壊も進むというフェーズに入る可能性が大いにある。

 農薬の多用で地下水が汚染、農地が増えていないが生産が増え、根本的に世界中で肥料をたくさん使う。暑くなり病虫害が増え、農薬を多く使う可能性が増える。発展途上国に、より大きな被害をもたらす。

 ひとつの課題が悪化すると他の課題も深刻化する。ひとつの課題の解決が他の課題も解決する。しかし人間の浅知恵で、ひとつの課題を解決しようとすると他の課題の解決を難しくすることがある。幾つか例を示す。

 (1)水資源確保と健康被害、食糧問題:食糧増産をめざした灌漑(かんがい)による塩害で土壌劣化、食糧生産低下 (2)エネルギー資源と食糧問題(砂糖きびなどからエタノール生産で食糧価格上昇・森林破壊が進み、CO2の放出が増加) (3)遺伝子操作による食糧生産は生物多様性の低下、健康被害への懸念。有用遺伝子を失う—。

 これは全球の自然・社会システムをフィードバック、因果関係を見ていく状況分析の手法である。連鎖・ループと呼ばれ、鎖になる変化・構造、作用を説明し、問題の相関関係を見ることができる。

 統計的に一世代は30年。子ども、孫の代を視野に「60年後も人間の住める地球を孫の代まで」と考えるなら、環境問題も現実味があるのではないだろうか。「地球未来学の創成」を願うものである。

Scienceportal特派員 成田優美

北海道大学大学院 地球環境科学院 教授 池田元美 氏
池田元美 氏
(いけだ もとよし)

池田元美(いけだ もとよし)氏のプロフィール
1969年東京大学工学部航空学科卒、74年同工学系研究科航空学専攻博士課程修了、東京大学宇宙航空研究所研究生、79年米国科学財団ポストドクター、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学ポストドクターを経て、83年カナダ海洋水産省ベッドフォード海洋研究所研究員、北極気候変動の研究に従事。94年から現職。97年から2002年地球フロンティア研究システム国際北極圏研究センター・プログラムディレクター(兼任)。02-07年北海道大学大学院地球環境科学研究科長も。工学博士。著書に「持続可能な低炭素社会」(北海道大学出版会、編著)、「地球温暖化の科学」(北海道大学出版会、共著)、Oceanographic Applications of Remote Sensing(Eds. Ikeda,M. and F.Dobson, CRC Press)など。

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