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地球深部探査船「ちきゅう」の挑戦(平 朝彦 氏 / 海洋研究開発機構・理事、地球深部探査センター長)

2008.08.25

平 朝彦 氏 / 海洋研究開発機構・理事、地球深部探査センター長

市民公開講演会(2008年8月11日、日本学術会議、北海道大学 主催) 講演から

海洋研究開発機構・理事、地球深部探査センター長 平 朝彦 氏
平 朝彦 氏

 現在でも地球内部については、ほとんど分かっていない。それを解明していく方法としては、ボーリングで海底下にアクセスするのが、一番有効と考えられて、地球深部探査船「ちきゅう」を利用しての研究開発が行われるようになった。

 今から約100年前、アルフレッド・ウェゲナーが「海洋底移動説」を唱えたが、当時は受け入れられなかった。この分野を復活させたのが、掘削研究船「グローマー・チャレンジャー」を用いた深海掘削計画である。調査・研究の結果、大西洋の真ん中を縦断する形で海底の高まりがあり、そこから離れるに従い、海洋底の年代が古くなることが解明された。このことから「海洋底拡大説」が提唱された。日本ではまだまだ興味が持たれていなかったが、その後、世界各国が参加する「統合国際深海掘削計画(IPOD)」が始まり、日本も正式に参加することとなり、深海掘削が広く注目されるようになった。

 プレートが沈み込んでいる海溝で何が起こっているのかは、よくわかっていなかった。そこで詳細に調査されたのが、東海沖から四国沖の南海トラフである。反射式人工地震波探査法で観測し、海底の地質構造の様子を調べたところ、非常にはっきりした海底のイメージが取れる数少ない貴重な場所であることが、判明した。プレートが移動しているときに、その上の堆積物が日本列島の岩盤に当たり、そのために陸地に押し寄せてくる付加作用による盛り上がりが、南海トラフ全体で起きていることが解明されたのである。

 1990年、掘削のプロポーザルを作ることを目的として、米国や日本を含め世界各国が参加したプロジェクトが、米国の「ジョイデス・レゾリューション」により進められた。国際提案を基に、掘削場所を決定したのだが、日本としては、南海トラフでの付加作用を示して、この場所での掘削を提案した。その結果、南海トラフの4,700メートルの深海で海底下1,300メートル付近を掘削して、さまざまなことがわかってきた。

 しかし、このシステムでは、3,000メートル以上の深さへの掘削や、ガスを含む地層の掘削が困難であった。そこで、地球の営みが最も活発に行われている場所である日本の手で、リーダーシップを取るプロジェクトを立ち上げようと、地球深部探査船「ちきゅう」が、2005年に完工した。これは、57,000トンもの大型掘削船で、これまでの掘削船とは性能も全く異なっている。ライザー掘削技術や噴出防止装置などにより、困難といわれていた深部やガスの存在する地層での掘削が可能になった。全体として600億円という日本が基礎科学に費やした最大級のプロジェクトとなった。

 これまでの深海掘削計画により、さまざまなことが解明されてきたが、最も重要なトピックスとしては、地下生物圏の発見があげられる。海底下1,400メートルまでの地層に大量の微生物が存在することが判明し、地層中のメタンハイドレートに関与していると考えられている。しかし、これらの微生物が海底深部で何をしているのか、栄養はどこから取っているのか、起源はどこか、メタン生成のメカニズムなど、謎の多い分野である。また、その微生物のほとんどをアーキア(古細菌)が占めるが、その詳細解明も今後のテーマである。

 南海トラフでは、100-200年ごとに巨大地震が起こっている。最近では、1944年の南海地震と46年の東南海地震が起きている。これらはプレート境界で摩擦が起こっての地震であるが、プレート境界のすべてで摩擦が起こるわけではない。その違いを解明するためにも、地震の震源域を直接掘ることのできる南海トラフを観測することにより、地震研究に物質科学的見解を取り入れることが可能となる。さらに、現場を直接モニタリングすることが可能となり、リアルタイムで観測ができることは、将来、地震予測に役立つと考えている。

 また、この計画の第一ステージとして、和歌山県沖合での掘削が行われたが、分岐断層を境に異なった応力場の発見、メタンハイドレートの詳細な解明、流体の様子、大量の微生物の存在などが確認され、現在分析が進められている。

 この「ちきゅう」プロジェクトは、まだ始まったばかりである。海底下5,000−6,000メートルの深度には、今後2、3年のうちに到達したいと考えている。

 また今後の目標としては、

  • 地震発生のメカニズムの解明と防災対策への応用
  • 地下生命圏の解明とバイオテクノロジーへの応用
  • 地球最大レベルの資源探査船としての活用とプロジェクト自体の自立の可能性
  • 日本の国際的な大型プロジェクトでのリーダーシップ性

 などが挙げられる。

 今の日本は非常に閉塞感が漂っている。それを打開するような未踏のフロンティア精神で、新しい科学技術の道を思いっきり切り開いていく必要があると思う。そのためにも、この地球深部探査船「ちきゅう」を、有効に役立ててほしいと願っている。

海洋研究開発機構・理事、地球深部探査センター長 平 朝彦 氏
平 朝彦 氏
(たいら あさひこ)

平 朝彦 氏(たいら あさひこ)氏のプロフィール
1946年仙台市生まれ、70年東北大学理学部卒、76年テキサス大学ダラス校地球科学科博士課程修了、高知大学理学部助教授を経て、85年東京大学海洋研究所教授、2002年海洋研究開発機構地球深部探査センターの初代センター長、06年海洋研究開発機構理事。日本学術会議会員。07年「プレート沈み込み帯の付加作用による日本列島形成過程の研究」で日本学士院賞受賞。著書に「日本列島の誕生」(岩波新書)、「地質学1 地球のダイナミックス」「地質学2 地層の解読」「地質学3 地球史の探求」(いずれも岩波書店)など。

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