「地球科学のフロンティア日本列島」
構想以来15年の歳月をかけた世界初のマントル掘削船「ちきゅう」の本格掘削が、いよいよ半年後に迫ってきた。最初の調査海域は、一定間隔で巨大地震が起きることがよく分かっている地球で唯一の場所、南海トラフが選ばれた。プレートテクトニクス理論で、目覚ましい発展を遂げた地球科学においても、いまだ未解明の数々のなぞの解明が期待されている。
構想提言以来、「ちきゅう」プロジェクトで中心的役割を果たして来た平 朝彦・海洋研究開発機構地球深部探査センター長に、今後の深海底掘削で期待される新しい地球像、新しい日本列島像について聞いた。
—巨大地震が起きる場所ということで南海トラフが重要な調査海域であることは分かりました。では巨大地震を起こさないもぐり込み場所があるのは、なぜでしょう。
マリアナ海溝のプレート沈み込み帯では、巨大地震の記録はありません。そこではプレートが落下するように急角度で沈み込んでいます。水と岩石が低温で反応して、滑りやすく軟らかくなっているため、摩擦が小さく、大きな地震が起きないと考えられます。
実際に海底の岩盤から蛇紋岩が採れています。蛇紋岩はマントルを構成すると考えられるカンラン岩と水が反応してできますが、もろくて崩れやすい性質があります。マリアナ海溝のプレート沈み込み帯には、蛇紋岩が大量に存在するらしいのです。摩擦が小さければ、プレートの沈み込みがあっても、巨大地震は起きません。
—日本列島が、海洋プレートの沈み込みによってつくられたということになるわけですね。
近年の海底掘削によって、地下では水やガスが地層の中を動き、さまざまな出来事の主要な原因となっていることが分かってきました。熱水や地下水の活動は地殻深部まで到達しているようです。地球の内部は、われわれが考えていた以上に、はるかに変動が大きく、物質の循環も活発な場であるということです。
日本近海が特に注目されているのは、地下の活動が活発で、岩石と水との反応が、高温から低温にかけていろいろな温度レベルで起きている場所だからです。この岩石と水との反応には、微生物が深く関与していると推定できます。まさに知られざる生物圏の存在です。
注目されるのが、地下の生物とは何物か、ということです。地中深いところに微生物が住んでいることが広く知られるようになったのは、1990年代です。それまでも油田や鉱山の掘削などで地下の微生物は見つかっていたのですが、試料の採取法が改善されるまでは、地表の微生物が混じった可能性を否定できなかったのです。
いまでは、地下深部に微生物が住んでいる、それも地上を凌駕(りょうが)するような量の微生物が、地下生物圏をつくっているかもしれないということが、言われるようになっています。
そもそも生命が誕生した太古の地球を考えると、マグマの発生が活発で、海水と反応した熱水活動が盛んでした。大気も大部分は二酸化炭素で、酸素はほとんどありません。ですから生命は、高温の水と鉱物が反応している場所で誕生したと考えられています。
となると、高温の岩石と水が反応している深海底の地下で、大昔の地球で起こったことが、今でも起きているかもしれない、ひょっとするとですが、生命がいまでも誕生しているかもしれない、という期待も出てくるわけです。
45億年前に起きた生命の発生が、1回だけしか起きなかったとは言えませんね。逆に特異に進化した微生物がいるかもしれない。
掘削によって、地球科学のみならず、生命科学にも新しい領域が開拓できるでしょう。
(続く)
平 朝彦(たいら あきひこ)氏のプロフィール
1946年仙台市生まれ、76年テキサス大学ダラス校地球科学科博士課程修了、高知大学理学部助教授を経て、85年東京大学海洋研究所教授、2002年海洋研究開発機構地球深部探査センターの初代センター長、06年海洋研究開発機構理事。日本学術会議会員。著書に「日本列島の誕生」(岩波新書)など。