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「正しい理解は正しい知識から -科学・技術のコミュニケーション-」(鈴木國弘 氏 / 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 広報セクションリーダー)

2012.05.11

鈴木國弘 氏 / 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 広報セクションリーダー

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 広報セクションリーダー 鈴木國弘 氏
鈴木國弘 氏

 プロジェクトマネージメントや広報を担当して30年近くになるが、考えてみると、特に一般の方に理解していただくことの大切さを実感した原点は、SPring-8建設の時だったように思う。

 原子力発電所などの施設を有しない兵庫県に建設することになったSPring-8(当時は「大型放射光施設」と言っていた)に対して、地元住民の方から多くの不安の声が寄せられた。「大型放射光施設」は今までにはなかった明るい光(放射光)を利用して、分子や原子の世界を見て調べることができる最先端の研究施設である、という説明に対し、地元住民の方々から、「ここは星のきれいな場所として知られている。施設からそんな明るい光が出たら星が見えなくなってしまう」と不安の声が上がった。

 笑い話のようだが、研究者にとっては当たり前と思って割愛している部分こそ、一般の方にも分かりやすく説明していかなければ科学や技術に対する本当の理解は得られないと思った。その頃の私の仕事は、広報というよりもプロジェクトマネージメントであったが、大型研究施設の建設などは、まず地元住民の方々に施設や研究内容を説明して、理解を得ることから始まる。

 特に多額の国費(税金)を使う大型研究を推進していくためには、その研究内容や成果などを分かりやすく国民である一般の方々へ説明して、理解していただくことが必要だ。その説明責任は私たちにあり、説明する義務もある。皆さんに理解していただくことによって、研究を応援していただける。そして日本の優れた科学や技術、科学技術立国であることに対しての誇りなどが共有できる。これは双方にとって大きな力であり自信となる。SPring-8はそのことに気付かされた、科学・技術のコミュニケーターとしての役割を認識したプロジェクトであった。

 次に関わったJ-PARC(大強度陽子加速器施設)のプロジェクトも、熾烈を極める質問と意見をぶつけてくる地元住民の方々への説明会を繰り返し、繰り返し開くことからスタートした。それはSPring-8とは比べものにならないほど厳しいものであった。

 J-PARCは、日本原子力研究開発機構(JAEA)と、高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で、茨城県東海村に建設・運営をしている、日本が世界に誇る最先端科学研究施設である。

 1999年6月、東海村に対してJ-PARC建設計画を説明した直後、同年9月に東海村の核燃料加工施設JOCで臨界事故が発生した。原子力に対するいわゆる逆風が吹き、核燃料や原子力発電所とは直接関係ないJ-PARCのような加速器施設であろうと、新しい施設の建設は絶対に反対! 既存の施設も直ちに運転を停止せよという、東海村住民の拒否反応は頂点に達した。

 最先端の科学や研究などは、なかなか一般の方々には馴染みが薄い。よく分からないものは何となく遠ざけたいと思う。しかし、施設の安全性や研究の内容を正しく理解していただければ、受け入れてくれる、あるいは応援してくれる。そのためには、まず正しく知っていただくことが必要である。正しい理解は正しい知識によって得られる。

 私はこれまでの体験からそう信じて、最先端の科学とは何か、基礎科学とは何か、それがひいては私たちの生活にどう関わってくるのか、例えば、レントゲンがX線を発見したことで、医療が飛躍的に進歩したこと、何の役に立つかわからなかった電子の発見から100年近くを経て、携帯電話やパソコンの発明につながった——など、身近なものを例に出しながら「最先端科学」の必要性を説明した。そのうえで、その研究をする為の加速器施設の説明をした。

 「J-PARCの加速器が生み出す強力な陽子ビームを、標的の金属にぶつける。すると金属の原子核がバラバラになって、研究に利用する中性子やニュートリノが生み出される。ちょうど松坂投手(当時ダルビッシュ投手はまだ登場していませんでした)の投げたスピードボールが、当たった的をバラバラに壊すようなもので・・・」といった具合に、分かりやすい、イメージできるような説明を行うことに心がけた。

 何か一つでもイメージできる説明がきっかけとなって、質問も少しずつ的を射たものになってくる。すると、こちらも一般の方の疑問や不安が何であるのか具体的に分かってくる。そこをさらに分かりやすく説明する。このキャチボールが科学・技術のコミュニケーションではないだろうか。

 正しく知っていただくためには、学生・主婦・高齢者・子どもたち、その全ての方々に、最先端の科学や技術について分かりやすく説明しなければならないが、それは私たち、あるいは研究者が、一方的に知識を教える、開陳することではない。必要なことは、まず相手は何が知りたいのか、何が不安なのかをしっかり聞いて、さらに相手の反応をよく見て、どこが分からないのかを推し量りながら、対象に合わせた説明を工夫する。それこそが科学・技術のコミュニケーションのポイントであると思う。

 J-PARCでは、どんな意見や質問も、とにかくどこが問題なのかよく聞いて、住民・市民の目線に立った回答や説明に心がけた。そして徐々にではあるが理解と安心を得て、施設建設に了解を得ることができたことで、改めて科学・技術のコミュニケーターとしての役割の大切さを認識させられた。

 分かりやすい説明をすることで、聞いている人の関心も高まる。関心が高まればもっと知りたいという気持ちが高まり、さらに理解が進む。今やJ-PARCは、東海村の皆さんからも大きな期待を寄せられる最先端科学の研究施設になった。科学・技術のコミュニケーターとして、これほど嬉しいことはない。そして私たちもその期待に添うべく、優れた研究成果を生み出すように一生懸命頑張っている。

 J-PARCは2011年3月11日の地震により、大きな被害を受けた。1日も早い運転再開を目指し、職員・関係者が一丸となって復旧作業に取り組み、わずか10カ月という世界中の研究機関から賞賛されるほど短期間で復旧を果たし、施設利用実験を再開することができた。これは復旧に関わられた全ての方々・各機関のご支援、ご協力のおかげであると、心から感謝を申し上げたい。

 実験が再開されたことで、世界的にも注目される岐阜県のスーパーカミオカンデと共同で行うニュートリノ実験(T2K実験)や、企業などの利用も増加している中性子利用実験などが、震災前と同じように進展することが期待されている。

 私事で恐縮であるが、今回、光栄なことに「市民への分かりやすい説明による最先端科学への理解増進」活動に対して、文部科学大臣表彰「科学技術賞(理解増進部門)」を頂いた。これまでの科学・技術のコミュニケーション活動に対する評価を頂いたと感謝しているが、ご支援、ご協力いただいた皆様方のお陰である。また、今後もより一層、理解増進活動に頑張れ!と、叱咤激励を頂いたのだとも思っている。

 今回の受賞が、同じような思いで科学・技術のコミュニケーション活動をされている、諸兄の励みになっていただければ幸甚である。

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 広報セクションリーダー 鈴木國弘 氏
鈴木國弘 氏
(すずき くにひろ)

鈴木國弘(すずき くにひろ)氏のプロフィール
茨城県立水戸第一高等学校卒。1979年茨城大学工学部金属工学科卒。同年日本原子力研究所(現;日本原子力研究開発機構)入所。一貫してJT-60、SPring-8、J-PARCなどの研究施設建設プロジェクトの全体調整、マネージメント、広報に携わる。2008年からJ-PARCセンターに新設された「広報セクション」で広報を担当。2010年に日本原子力学会 社会・環境部会賞「優秀活動賞」、科学技術分野の「文部科学大臣表彰(理解増進部門)」を受賞。

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