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コラム - オピニオン -

リッチで分厚い人材と科学文化を-AAAS年次大会で熱い議論

科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長 有本建男 氏

掲載日:2010年3月10日

科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長 有本建男 氏

有本建男 氏

 

米国最大の科学者組織で雑誌 "Science" を発行している米科学振興協会(AAAS)の年次大会が、2月18日から22日まで、カリフォルニア州サンディエゴで開催された。世界50カ国から約5,000人の科学者、企業家、政策担当者、ジャーナリストなどが参加し、最先端の環境科学、宇宙生物学、エネルギー、ナノテク、スマートグリッド、バイオテクノロジーから、科学技術政策、科学コミュニケーション、ジャーナリズム、理科教育、科学外交までの広汎な話題について、全体会議、分科会など合わせて150以上のセッションが開催された。

今回の全体テーマは "Bridging Science and Society" で、経済と地球温暖化の危機の下で、科学と社会の関係についてあらゆる角度から議論がなされ、刺激に富んだ大会だった。筆者は、その中のいくつかのセッションに参加するとともに、昼食会・夕食会形式で各国アカデミアや科学技術政策のリーダーたちが集まって率直な意見交換を行う少人数の会議に招聘(しょうへい)されたので、その状況を含めて報告したい。

 

科学コミュニティーの社会的責任と科学の質の保障

まず、大統領科学諮問委員会の共同議長で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の著名なゲノム研究者である、Eric Landerが行った基調講演は、この大会の目玉として注目を集めた。彼はオバマ大統領の就任によって、ホルドレン(大統領科学補佐官)、チュー(エネルギー長官)など多くの著名な科学者が政権中枢に配置され、科学的知識に基づく政策決定が政権全体の行動方針になるなど、科学が正当な位置付けを与えられた。それゆえに、われわれ(科学コミュニティー)は社会に対して正当な(rightful)責任を果たさなければならないと強調した。

この流れの中で、米科学アカデミー総裁CiceroneとAAAS評議会議長MaCarthyの指導的立場にある科学者二人が協同して緊急に組織したセッション「科学研究の透明性と質の保障」は、オバマ政権で海洋大気局(NOAA)局長に抜擢された女性海洋学者レプチェンコ(元AAAS会長)も参加し、多くの聴衆を集めた。3時間の白熱した議論の中でCiceroneは、最近の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の一部科学者によるデータの扱いに関する疑惑は、公衆の科学全体に対する不信にまで発展していると強く警告した。参加者のほとんどは、この疑惑によってIPCCの予測が変わることはないとしながらも、科学者は研究成果をより公開し、公衆の信頼を回復するよう努めなければならないと繰り返し強調した。

レプチェンコ局長は、「この事態によってIPCCは強い警告を受けた。こうしたことが再発しないようにしっかり対応しなければならない。IPCCの次期予測作業に参加している科学者たちは、その過程をどのように改善すべきか最大限真剣な議論をするべきだ」と極めて厳しい言葉を使って督励した。一方でMaCarthy議長は、疑惑をあおるようなマスメディアの態度、論調も批判していた。

このセッションの議論は、気候変動だけでなく、他分野でも急増する研究不正問題に及んだ。会場からも大勢の質問、コメントが相次いだ。筆者も、科学研究活動が欧米だけでなくアジア、アフリカなど全世界へ急拡大する中で、研究不正、科学の質を保障する防護対策を全世界的に真剣に議論する時期に来ている、とコメントしておいた。異例の長時間にわたって行われた多様で真剣な議論は、科学の価値、責任、徳、信頼、民主主義など、通常の学会の議論では使われないような言葉が頻繁に飛び交い、AAASというプラットフォームの特徴と重要性を深く認識させるものであった。

 

"Silent Sputnik" -科学研究活動のアジアへの急速な重心移動-

大会を通じてもう一つの大きな話題は、米科学財団(NSF)の前長官Colwellが”Silent Sputnik”と表現した、中国を中心とした科学研究活動のアジアへの急速な重心移動とそれへの対処であった。欧州連合(EU)主催のセッションでも、科学活動の西から東・南への移動、新しい極(pole)の登場、世界的な知識量の爆発的増大の中で、ゼロ・サム・ゲームでなく、各国がウィン・ウィンの関係になるための国、公共政策の役割、地域協力のあり方が議論された。

これに関連して、幹部昼食会では、科学研究の急速なグローバリゼーションの中で、いまだに十分な科学文化、研究システム(ピアレビュー、研究不正防止策など)が整っていない国や地域への対応、気候変動、ゲノム研究など大集団での研究という新しい研究様式の登場による研究不正防止策などが議論された。特に具体案が提起されたわけではないが、アジアにおける科学の誠実性(scientific integrity)の確保、不正防止などについて、日本への期待が述べられたことは銘記しておきたい。

全体会合の中で、AAAS会長Agreは、現在AAASが積極的に推進中の、イラン、北朝鮮、キューバ、シリアなど外交関係がない国との科学を通じた協力と交流拡大について詳細に説明し、こうした科学外交の重要性を強調した。複雑化・流動化する21世紀の世界・地域の国際政治の中で、科学を媒介とする国際的な人脈、コミュニケーションの重要性をあらためて認識させられた。

 

多彩な分科会論議

分野別のセッションは100以上並行開催されたが、世界的に焦点となっているグリーン・イノベーションでは、電力の発電部分でのグリーン化多様化(太陽光、太陽熱、風力、原子力など)、ITを使ったスマート・グリッドの技術開発・社会実験、最終ユーザー側である家庭、電気自動車などのトータル・システムについて、さまざまなセッションで議論がされていた。印象に残ったのは、単品の技術開発ではなく、資金調達、規制緩和、標準化を含めて、時間・空間を超えたトータル・システムとして構想が語られていたことである。興味深かったのは、電気自動車は、電気の消費者であると同時に資源でもある、これをどう利用して、発電・送電・消費の一方通行から双方向への流れをつくりだすかという発想の転換であった。

日中韓の共催で欧米の専門家の参加も得て行った科学コミュニケーションのセッションでは、何のための、誰のためのコミュニケーションか、for what, for whom, how toが、それぞれの国の文化、発展段階によって、相当違ったものであることが明らかになったと思う。また、NSFの創立60周年を記念して歴代長官が参加し、各時代の中でのNSFの役割を語った特別セションは、日本にも馴染み深い往年の長官たちの顔を久しぶりに見ることができ、科学史を振り返るようで印象深かった。

 

AAAS2011(ワシントンD.C.)へ向けて

会議場に隣接した巨大な展示場では、日本、EU、カナダ、NSF、エネルギー省、科学アカデミーなど内外の機関が競って展示を行っていた。わが国は今回初めて、科学技術振興機構(JST)、科学技術政策研究所、理化学研究所、東京大学、海洋研究開発機構が協同してEUに比肩する「日本パビリオン」を構成し、各々の活動状況を対話型で展示説明し、一般客だけでなく、土日には大勢の子どもたちを集める人気を博していた。

来年(2011年)2月にワシントンD.C.で開催されるAAAS2011年次大会は、”Science without borders”をテーマにすることが決まった。このbordersの範囲は、国、分野だけでなく、基礎・応用研究、組織、大学、学会、企業、業種、公的私的セクター、地域、世代間など、あらゆる境界を超えることを含意しているはずであり、再び刺激に富んだ議論が期待できる。AAAS担当者は、日本に積極的参加を要請している。わが国はAAASへの積極的対応に加えて、国内においても、上にのべたような科学・技術そして社会に関する現代の多様なテーマについて、多様な人々が真摯(しんし)に議論できる場と機会が欲しいものである。そしてなによりも、こうしたことを熟議できるリッチで分厚い人材と科学文化を醸成していく必要があるだろう。

 

科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長 有本建男 氏
有本建男 氏
(ありもと たてお)

有本建男(ありもと たてお) 氏のプロフィール
広島修道高卒、1974年京都大学大学院理学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。同庁国際科学技術博覧会企画管理官、宇宙開発事業団調査国際部調査役、科学技術庁科学技術情報課長、海洋科学技術センター企画部長、科学技術庁原子力局廃棄物政策課長、日本原子力研究所広報部長、科学技術庁科学技術政策局政策課長、理化学研究所横浜研究所研究推進部長、内閣府大臣官房審議官(科学技術政策担当)文部科学省大臣官房審議官(生涯学習政策局担当)などを経て、2004年文部科学省科学技術・学術政策局長。05年内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、06年から現職。04年から政策研究大学院大学客員教授(科学技術政策)も。著書に「高度情報社会のガバナンス」(共著、NTT出版)。幅広い経験を持つ科学技術官僚として第2期、第3期の科学技術基本計画づくりでも中心的な役割を果たした。

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