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コラム - オピニオン -

脱貴金属は可能か?

熊本大学大学院 自然科学研究科 教授 町田正人 氏

掲載日:2008年10月9日

熊本大学大学院 自然科学研究科 教授 町田正人 氏

町田正人 氏

 

今日、最も深刻なレアメタル問題として自動車触媒用の貴金属があげられよう。白金(Pt)およびパラジウム(Pd)は過去10年、自動車向け需要が増加し続けて、現在では全需要の50%を占める。さらに極端な例がロジウム(Rh)で、需要の実に90%近くが自動車触媒向けである。クリーンな自動車を製造するために、90年代後半から1台当たりの貴金属量を増やしたことがこのような需要増加の背景になっている。

最近はこの傾向にアジアのモーターリゼーションが拍車をかけて、貴金属価格は高騰し、今年6月にはPtグラムあたり7,000円、Rhは30,000円を超えた。特にRhは2004年以降、需要が供給を上回り、この間に10倍以上の価格上昇を招いた。いずれも南アフリカからの輸入に依存しているので、自動車用貴金属の争奪戦が、今や世界最大の自動車生産量を誇るわが国の企業にとってアキレス腱(けん)ともなりかねない状況である。

ガソリンエンジンから排出される有害成分である窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HC)および一酸化炭素(CO)を一挙に浄化するために貴金属は必須の元素である。1977年に世界に先駆けて「三元触媒」が実用化されて以来、日本車の国際競争力「環境性能」を支えてきた。排ガス流路に設置された触媒浄化装置には金属酸化物担体上に高分散した貴金属の微粒子が含まれている。Pt、PdはCOやHCの浄化、RhはNOxの浄化に大変有効である。

浄化性能の強化には触媒の活性と寿命とを両立せねばならず、そのために1台当たりの貴金属使用量が2003年ごろまで増加の一途をたどった。一方で省資源・省コストの観点から、使用量の節減が求められるようになった。2001年ごろから浄化性能を損なうことなく貴金属を節減する技術の開発が本格化し、現在では1台あたりの貴金属使用量は半分以下まで減少しているという。しかし、最近の危機的状況を受けて、近い将来には貴金属抜きで排気浄化する技術を持たねばわが国の自動車産業は危ないとの極論まで飛び出している。

はたして貴金属を一切使わない自動車触媒は可能なのであろうか? 大学でこの分野の基礎研究に携わる私自身もよく「脱貴金属=貴金属完全代替は可能か?」という質問をよくちょうだいする。「完全代替」は確かに強いインパクトがある。しかし、私はこの発想には否定的である。なぜなら、自動車触媒に限って言えば、「完全代替」に意味を感じないからである。貴金属は他元素に比べて圧倒的に高い触媒性能をもつ、きわめて有用な元素なのだ。毒性もなく、使用後の回収・再資源化技術も完成されている。それを使わないなどもったいなくて考えられない。例えば上述のようにRhは、生産量のほとんどが自動車触媒用に使われている。こんな有能な元素を使わずして余らせるより、世界中の自動車をクリーンにすべくせっせと働かせるべきなのだ。

ただし、問題はその使い方にある。Ptの副産物であるRhの年間生産量はおよそ25トン(2007年)。仮にガソリン自動車1台あたりに1グラム使うと2,500万台分しかまかなえず、世界市場の6,000万台に足りない。しかし1台あたり0.1gに抑えれば、一気に25,000万台分になり、化学・硝子製造用などRhの他用途を含めて需要をまかなう余裕ができる。すなわち、もったいないから使わない(完全代替)ではなく、個々の使用量を徹底的に節減(ミニマム化)してあまねく世界中であらゆる用途に有効に利用することが極意といえよう。自動車触媒以外に燃料電池などの将来的な需要増が見込まれるPtについても同様にすれば危機は回避できよう。

ではそのためにはどうすればよいのか?触媒の性能は用いる貴金属の重量よりも、実際に化学反応に使える表面積に依存する。したがって貴金属の量を減らしながら性能を確保するには、表面積を稼ぐよう貴金属を非常に微細な粒子(十億分の数メートル程度)にすればよい。ところが微細にすればするほど熱に弱くなる。その結果、高温にさらされる自動車触媒では寿命が短くなってしまう。貴金属の「微細化」と「寿命」。この二律背反する問題を解決するには先端物質科学を駆使して微粒子状態をいかに安定化するかがキーテクノロジーとなる。

私の研究チームでも国の進める「元素戦略」プロジェクトの中で微力ながらこの困難な課題に取り組み始めた。日夜苦闘する研究室のメンバーに言っている。わが国には物質資源はない。しかし、だからこそわが国は物質科学が強いのだと。

 

熊本大学大学院 自然科学研究科 教授 町田正人 氏
町田正人 氏
(まちだ まさと)

町田正人(まちだ まさと)氏のプロフィール
1988年九州大学大学院博士課程中退、九州大学大学院総合理工学研究科助手、92年宮崎大学助教授、2003年熊本大学工学部教授を経て、08年から現職。工学博士。特徴ある構造を持つ新規な触媒物質を創出し、その個性を活かした環境・エネルギー分野への応用について研究。92年触媒調製化学賞、2000年触媒学会奨励受賞。
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