インタビュー

第3回「若手の育成と、準結晶の拠点作りに貢献」(蔡 安邦 氏 / 東北大学多元物質科学研究所 教授)

2011.11.14

蔡 安邦 氏 / 東北大学多元物質科学研究所 教授

「第3の固体『準結晶』の謎解きをした男」

蔡 安邦 氏
蔡 安邦 氏

2011年のノーベル化学賞にイスラエルの化学者、ダニエル・シェヒトマン博士(70)の受賞が決まった。「結晶」「アモルファス」に次ぐ第3の固体である「準結晶」を発見し、物質科学の教科書を書き換えた。準結晶の発見は当時の固体物理学の常識に反し、あまりにも衝撃的だったことから、にわかには認められず論争が長く続いた。東北大学の蔡 安邦教授(52)が、安定な準結晶を系統的に数多く作成し、共同研究者が構造解析することでこの大発見を支えた。発見に対する謎解きの功績ともいえよう。受賞理由の発表文には、蔡さんらの論文が5編も引用されており、受賞に大きく貢献した証となっている。共同受賞に値する成果との声も強い。この受賞で一躍知名度が高まった準結晶の不思議な魅力や、研究への情熱、エピソードなどを聞いた。

―スエーデン王立科学アカデミーによるノーベル化学賞の受賞説明文には、蔡さんらの研究論文が5編も引用されていましたね。

たしか37歳です。東北大学金属材料研究所の助教授から当時の科学技術庁・金属材料技術研究所(現在の物質・材料研究機構、つくば市)に主任研究官として移ったばかりでした。恩師の増本健先生が東北大を定年になられたのを機に、僕は大学とは違う環境に出てみようと思いたったのです。

当時の国立研究所の金材研は、高分解能の電子顕微鏡など共通施設は大学よりも素晴らしいものがそろっていました。僕は大学から何の実験装置も持たずに移ったため、当初はちょっぴり不安もありました。大学のように自分のテーマを自由に研究できるわけではないので、論文にしやすい別の研究テーマも準備したくらいです。

そんな折にCRESTの「極限環境状態における現象」領域の募集を見つけたのです。準結晶は原子、電子にとって極限の環境とも考えられますので、「準結晶の創製とその物性」として申請しました。まさか一発で採択されるとは思いませんでした。もやもやしていた時に救い上げられただけに、とても大きな励みになりました。

―CRESTはチーム型研究です。仲間はどのようにして集めましたか。

実力のある何人かの仲間に電話で参加を呼びかけたのです。僕以外は皆さん20歳代後半で若く、怖いもの知らずでした。

―CRESTの研究評価報告書を読み返すと、科学的業績のみならず、それを実現した蔡さんのチーム作りの巧みさにも言及しています。例えば、「研究代表者のネットワーク作りの巧妙さは見事である。若手研究者を巧みに引っ張り、国際性と合理性を備えたリーダーシップを発揮している」とか、「準結晶分野の試料と人材を日本中に提供し、日本は世界に於ける準結晶研究の最大の拠点に発展した」と絶賛していますね。

メンバー集めでは、所属を問わず僕より優秀な人だけに声をかけました。リーダーによっては自分の愛弟子や息のかかった後輩を入れるケースがよくあります。それも一つのスタイルでしょうが、僕は絶対にやらなかった。未知の分野に挑戦するには、何よりも優秀な人が必要であり、彼らが自由に力を発揮できる環境づくりが必要だと考えたからです。

僕の専門は金属物性ですから、電子顕微鏡や結晶構造解析、エックス線回折、理論物理などの専門家を集めました。おかげで僕のそばにはいつも最高の家庭教師がいるような環境が生まれたのです。同じような専門家ばかりが寄り集まったのでは、とかく妙な競争意識が起こり、自由な情報交換や議論がやりにくくなりますからね。

―このやり方は蔡さんが独自に考えたのですか。

とかく優秀な研究者というのは個性が強いものです。こういう人たちを率いるには、どこかにあるようなモデルをまねるのではなく、メンバーの顔ぶれを見ながら、自分の経験と判断で独自のシステムを作らなければいけません。

―それがみごとに功を奏しましたね。

本当にすばらしい仲間ばかりです。その証に、彼らは若くして各大学の准教授に招かれるなど、良い研究環境に抜てきされています。例えば、阿部英司さん(専門は材料科学、高分解能電子顕微鏡)は物質・材料研究機構(NIMS)から東京大大学院工学研究科准教授に、佐藤卓さん(希土類合金、中性子分光法)は金属材料技術研究所(現在のNIMS)から東大物性研究所准教授に、高倉洋礼さん(結晶構造解析)はCREST研究員から北海道大大学院工学研究科准教授に、山本昭二さん(準結晶、複合結晶)はNIMS主任研究官からNIMSフェローに、ネパール出身のシャルマさんはポスドクでしたが、現在は英国リバプール大講師と、皆さんそれぞれに大きく飛躍しました。他にも東京理科大、中央大、名古屋大、理化学研究所の大型放射光施設SPring-8などでも活躍しており、かつての研究代表として、とても喜ばしく思います。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

蔡 安邦 氏
(さい あんぽう)
蔡 安邦 氏
(さい あんぽう)

蔡 安邦(さい あんぽう) 氏のプロフィール
1958年、台湾生まれ。台北工科専門学校卒。現地の日系企業に就職した後、85年秋田大学鉱山学部卒、90年東北大学金属材料研究所博士課程修了、工学博士。同研究所助手、同助教授、科学技術庁金属材料技術研究所主任研究官を経て、2004年から現職。専門は金属物性学。日本IBM科学賞(第8回)、準結晶国際会議・第1回ジェイム・マリア・デュボア賞、本多フロンティア賞(第5回)、日本金属学会奨励賞、功績賞などを受賞、仏ロレーヌ工科大名誉博士号も受けた。

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