インタビュー

第2回「10年間の集大成『渋滞学』」(西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長)

2010.10.13

西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

西成活裕 氏
西成活裕 氏

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

―数理物理学という基礎の分野から、急に特定の社会的なテーマに関心が移ったということではなく、元々、いろいろなことに関心があったということでしょうか。

そうですね。先ほど言いましたが、個別性と全体性という意味では、切れ味のいい武器を一個持つというのはすごく有利なことなのです。例えば数学です。さらに「渋滞」というキーワードも実は切れ味のいい武器になるのです。

渋滞というと車しか思い浮かばない人が多いでしょう。当時から私は渋滞というのは、すべての流れに普遍的にあるものだ、と戦略を立てたのです。車だけじゃなくて、人や物、さらにはインターネットを初めとする通信にも渋滞はある、と。

―そのころ道路の渋滞だけをとっても、どうも複雑で研究の対象になりにくい、したくないという理学者が普通だったのではないでしょうか。

そうですね。確かに面倒だし「どうせ車が多ければどうしようもないだろう」みたいな一般的な見方もありますし(笑)。しかし、そういう分野は研究者としてかえってチャンスがあるのです。みんな思考停止に入っているようなところだからです。そこをちょっとえぐり出すと見えてくるところがあるのです。あえて自分が持っている数学を武器に、渋滞という切り口でさまざまな事象を切ったら面白いだろうな、と考えました。それで14-15年前に、当時いろいろ自分の興味があったほかの分野を閉じて、そこに全精力を集中しました。

当時、まあ一般には説明したらもう全く分からないような高次元非線形微分方程式の解構造といったものを研究対象にしていました。はやりの論文を書くこともできたのですが、それを一切やめて私はもうこれに力を注ぐ、と。これは人生の賭けですよね。人生はやっぱり賭ける瞬間がないと大きなことはできないと思います。

ただ、こうした数学のコアなところをやっていたから、実は今、数学者と付き合っていられるのです。数学者というのは、何にもコアのない人に対しては「何だ、あいつ」みたいになってしまいます。1回その業界にどっぷり足をつけないと、その世界の人間とは友だちになれないのは、何でもそうですね。大学のドクターが終わった後、助手の2年ぐらいまで代数解析という結構コアな数学をやっていました。

―渋滞というキーワードに着目した研究の成果で一般の人にも分かりやすく、かつ重要なものというと何になるでしょうか。

そうですね、最初のころは全く成果がなかったです(笑い)。3、4年は成果ゼロで、論文はどの雑誌に投稿しても載せてもらえません。新し過ぎたのでしょう。じゃあ一般の人にも分かるようにと実験をやろうとしても、だれも相手にしてくれないのです。正統な交通工学やっている先生じゃないから、ということもあったと思います。当時の道路公団や運輸省に行ってもほとんど相手にされませんでした(笑い)。何の成果もないから研究助成金の申請を出しても、全部落ちますよ。どん底、じり貧の3、4年でした。山形大学の時代です。

それでも絶対に自分の時代が来ると信じていました。渋滞というのは将来きっと社会の大問題になる、これで駄目だったら私の人生それまで、みたいな意気込みでやっていました。7年間はだれも相手にされなくてもやろう、と。7年間、実用的な成果はゼロでした。ただ、その間も渋滞以外のことはやっていました。さっきのプリンターのようなことです。だからそっちの依頼はいつまでたっても来るのですね。

―当時の道路公団などが関心を持たなかったのは、公団自身にも渋滞はしようがないという考え方があったからではないでしょうか。

交通工学のような従来からの専門分野があります。交通工学では、交通モデルは歴史が古く、われわれがやっていることはもう数十年前に終わっている研究だ、と思われていたかもしれません。でも、実際に渋滞は解消してないですよね。だからまだまだやることはあると思っていました。

論文は徐々に書いてはいましたが、交通工学系の雑誌には投稿しても載りませんでした。受理してくれたのは数学系、物理系の雑誌しかありませんでした。だから企業に持ちかけても全く動いてくれません。あるゼネコンに5年ほど前に提案を持って行ったことがあります。駅の設計や人の動きなどに関する提案です。ところが話はその後全く進みませんでした。それが今、たくさんの企業が向こうから渋滞の相談に来てくれます。

私の論文を細かく読んでいる人は、面白いと思ってくれていたのですね。企業の中にそういう人が1人増え、2人増えという感じで、4年前に「渋滞学」(新潮選書)を出してから一気に人生が変わりました。これで一般の方にも注目していただいて、企業の方にも読んでもらい「この人はちゃんとやっているではないか」と認められたのだと思います。一般に分かるように書いただけでなく、どの分野の専門家が読んでも「ごまかしていない」と言われるよう全精力を傾け慎重に書きましたが。

―「渋滞学」という本は、突然ひらめいたものをまとめたのではなく、それまでの蓄積が詰まっていたということですね。

ええ、これは私の10年間の集大成です。それまで学会で発表しても、聴衆ゼロ。座長と私だけといったこともありました。それが今日の講演などは1,000人が聴いてくださいましたが(笑い)。ただ、言っていることは10年前と何も変わっていません。本を出した瞬間に周りの皆ががらりと変わったということです。

―鉄道会社に限りませんが、日本は利用者主体じゃなくて、サービス提供側が「乗せてやっている」という姿勢だったということは感じませんでしたか。

そうそう。交通関係というのは今でもそういうところがあります。会社によっては「乗せてやる」という体質を引きずったままと感じるところもあります。さらに渋滞については、一般の方も誤解していて、運転している個人ができることなんて何もないと思い込んでいる人が多いのです。だから「道路を広げろ、道路を造れ」となってしまうわけです。国土交通省、道路をつくる側もそのように誘導しているところもあります。私はそこにアンチテーゼを初めて出したと思っています。個人の力で渋滞は解消できる。運転の仕方次第で、と。 多分だれが見てもわかる成果となると、NHKの番組で放送されたものが挙げられます。昨年、日本自動車連盟(JAF)の月刊誌「JAFMate」6月号にも詳しく紹介されました。警察庁を口説いて、渋滞を吸収する実験というのをやったのです。個人で運転することで渋滞は解消できるという実験でしたが、これが大成功しました。まず警察庁を動かしたのが奇跡だと言われましたが、警察大学校の夏の幹部向けセミナーで私の講演を聴いていた幹部の方が動いてくれたからです。 「この先生の言っていることは正しいのではないか、そのとおり社会実験をやってみようじゃないか」と警察内を説得してくれたのです。

(続く)

西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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