インタビュー

第1回「失われた20年の先にあるのは」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2010.09.08

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「脱ガラパゴス化への道」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

このまま思い切った手を打たないとリストラする原資すらなくなる―。IT(情報技術)社会のけん引役となるべき電機メーカー、通信、コンテンツ業界に対し、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの研究会が厳しい注文「超ガラパゴス研究会 通信業界への提言」 を突きつけた。「ものづくり国」という日本の基本戦略にも転換を迫るなど、根底にある危機意識は大きい。提言をまとめた「IT国際競争力研究会」(超ガラパゴス研究会)の委員長で、携帯電話サービス「iモード」の産みの親としても知られる夏野 剛・慶應義塾大学 特別招聘教授にIT業界の現状と進むべき道を聞いた。

―1年間の議論を経て発表された提言(注)の注目すべき点は、役所が委員を集めて検討させた報告書の類とは違うということのように思えます。肝心な部分が最初からできているような検討結果ではありませんね。

その通りです。委員は産官学から集まりましたが、皆個人の立場で意見を言い合いました。ですから不思議ですよね。当たり前の話しか出ていません。その当たり前の話がこれまで何となくタブーだったのです。一部のアナリストなどは言っていたとしても、皆、聞きたくない話だったからです。

しかし、状況はもはや危機的です。後10年の間に、日本の世界に対する優位さが一気に失われていくでしょう。金の切れ目が縁の切れ目じゃないですけど、個人金融資産と財政赤字のバランスが変わった瞬間に、本当にお金が回らなくなります。マクロ経済学でいえば、もう当たり前の話です。皆、大変なことが目の前に待っているというのが分かっていても、見ないようにしているとしか思えません。

個人貯蓄が1,450兆円もあり、それが国内で資金を還流させているので株主もあまりうるさいことは言わないのです。資金調達もできるから企業は昔のままのやり方でほとんど利益率が伸びなくても何とかやってこられたのです。しかし、国の財政赤字が900兆円にもなってくるとだんだん余力がなくなってきます。今でも民間に資金が回っていないと言われていますが、今後はますます回らなくなるわけです。このままだと資金的に立ちいかなくなるまで後10年ぐらいだと思います。悪くなり始めたら、一気に来ます。銀行がつぶれる時は早いですし、メーカーも本当に工場の不稼動が始まると、一気につぶれます。

経営者はどうする気なのか、と思います。5年後、10年後に自分の会社をどうしたいのかビジョンが明確に持てないなら、早く次の世代に経営を渡さないといけないのです。

―株主総会で1億円以上の報酬を受け取っている役員名が公開されることになりましたが、若い人に譲れといわれても高額の報酬をもらっていると、やはり簡単にやめるというわけにいかないのでは。

もし、そうだとすると、経営者として企業に負っている責任よりも自分の個人の給料を維持することを優先したということになりますね。そういう経営者は告発すべきです。多分、裁判を起こせば勝ちます。そういうことでもされないと分からない世代ではないでしょう。十分経験もおありで、判断力もある世代なのです。会社のために身を粉にして働いてこられた人たちです。「自分の給料のために会社の未来を捨てるなどということはやめましょう」と言いたいのです。

それから、致命的なのはやはり人口動態です。日本のメーカーの多くは、あるいは通信業界も基本的には国内市場に頼っているわけですが、国内市場は2004年からもう完全に縮小傾向に転じました。そうなると、まだ国内のマーケットの力があるこの10年の間にどれだけ体質改善できるかということが急務になっているのです。

国内マーケットの縮小に加え、もう一つは技術力のアドバンテージも急速に今失われつつあるわけです。特に最近の台湾企業、中国企業、あるいは欧州でもイスラエルの企業などは、国内の技術、国内の生産基地に頼るなどということは最初から考えていないのです。世界中から強いものを集め、寄せ合って、コーディネートをたまたま台湾の企業や中国の企業がやっているというところがあります。人材も含めて世界規模で英知を結集し、新しい製品をつくり出そうとしているのに対して、日本はいまだに国内市場、国内の知恵と人材に頼っているわけです。こうした状況が続き、国内のアドバンテージがなくなった時、日本企業は競争力がいきなり全くなくなってしまう。こうした事態が10年以内に来ると思います、特に製造業や通信の世界においては。

その10年の間に何が変えられるかということが分からないという人がまず引退してほしい。この後の日本のために。その人たちが居座っていることが最大の問題なのです。

―そういう企業経営者が多いということでしょうか。

もうほとんど全員そうですね。そういう人たちが、もうちょっと危機意識があって、こういうことをしなきゃいけないのにと思っている人たちを押さえつけてしまっているのです。これが日本の停滞の最大原因です。この失われた20年間にあらゆることが変わった、特にITの進捗によっていろいろなことが変わりました。例えば社長の役割そのものも、昔のように帳簿内容を人から聞いているだけではなく、自分で調べなきゃいけなくなったのです。むしろ自分で調べることが可能になったにもかかわらず、全くそういうことのできない人が社長に居座っていては駄目なのです。 ですから、お金の面でも国内市場の面でも、そして技術力の面でもまだ日本のアドバンテージがあるうちに早く世代交代しないとならないのです。やめたくないという人は、株主が退場させなければなりません。そうしなければ、その会社が10年後になくなるという危機的な状況にあるのですから。

  • 超ガラパゴス研究会 通信業界への提言
    技術そのものでは世界の先頭を走っているにもかかわらず、製品市場では海外メーカーの後塵を拝しているIT(情報技術)産業の再生の方策を提言している。電機業界に対しては「コングロマリット(業界)再編」「不採算事業から撤退、成長領域への集中」など、通信業界には「経営陣の多様化」「海外展開についての考え方、長期戦略の明確化」など厳しい注文を突きつけている。

(続く)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
東京都立井草高校卒。1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、同年12月(株)ドワンゴ取締役に就任。その他複数社の社内外取締役、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)

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