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iPS細胞の発見をもたらした「必要」と「偶然」 ―ノーベル生理学・医学賞を授賞した研究の背景

京都大学iPS細胞研究所所長・教授 山中伸弥 氏

掲載日:2019年9月4日

「国際科学オリンピック日本開催」シンポジウム(8月22日)での講演から―

山中伸弥 氏
山中伸弥 氏

私を医学の道に導いてくれた恩人は、実は父親です。父親はエンジニアで、小さな町工場を営んでいました。父親は私が中学生の時にけがをし、その時の輸血で肝臓の病気になってしまいました。当時はまだ病気の原因が分かっていなかったので、治療法がなく、どんどん悪くなっていきました。そのことで自分自身も医学に興味を持つようになりました。また、医者になってはどうかという父親の勧めもあって1987年に医学部を卒業して臨床医になりました。

その頃には父親の病気が重くなり、入退院を繰り返していました。依然原因は分からず、治療法もなく、できることは痛み止めの点滴をしてあげることぐらいでした。苦しい中でも息子に点滴してもらうと、とてもうれしそうにしていたのを覚えています。

残念ながら父親は、私が医師になった翌年の1988年に亡くなりました。父親が58歳、私は25歳でした。父親の死は、医者になったばかりの私にとって大きな衝撃で、無力さを感じました。せっかく臨床医になったのに、父親さえ救うことができない。(当時)父親以外にも、どうしても救うことのできない患者さんがたくさんいました。現在の医学で治せない患者さんをどうすれば将来治せるようになるのか。そのためには研究(が必要)だと思って、大学院に入り直して研究の基礎を学びました。

父親の病気については(亡くなった翌年の)1989年にアメリカで原因が分かりました。父親の命を奪ったのは小さなウイルスで、C型肝炎ウイルスと言われるものです。原因が分かったので、世界中の研究者が治療法の研究に取りかかり、その努力の結果、特効薬ができました。2014年にアメリカで販売され、その後日本にも入ってきた「ハーボニー」という飲み薬です。1日に1回、3カ月間飲むと、99.5パーセントの患者さんからC型肝炎ウイルスは消えてなくなるという本当に夢のような薬です。

今だったら、父親は死ななくて済んだのですが、当時はどうしようもありませんでした。40年前はどうしようもなかった病気が、こうして研究が進むと画期的な治療法で治すことができるのです。これがまさにわれわれ医学研究者が目指しているものです。ただ、私たちの仕事は時間がかかります。原因が見つかったのが1989年、薬がアメリカでできたのが2014年ですから四半世紀もかかっています。20年、30年かかるのは普通ですから、私たちは「超ウルトラマラソン」のように時間のかかる仕事を一生懸命しています。

自分の話に戻りますと、大学院で博士号を取った後、31歳で渡米。サンフランシスコの医学研究機関「グラッドストーン研究所」で3年半くらい研究を続けました。そこでは、トーマス・イネラリティ教授の仮説を実験で検証することが私の役割でした。教授が当時持っていた仮説は、肝臓で「APOBEC1」というタンパク質がいっぱい作られると健康になるだろう、というものでした。(その理由は)「血中のコレステロールが下がって動脈硬化になりにくくなるだろう」ということでした。人間では検証できないので、マウスの肝臓に人工的にAPOBEC1をいっぱい作らせていました。

ところがある朝、研究所に行くと、ネズミの世話をしている女性技術員が血相を変えて、「シンヤ、シンヤのマウスが妊娠している」「妊娠しているマウスの半分くらいがオスです」と言いました。「そんなアホな」と見に行ったら、大きなお腹をしているマウスの半分くらいがオスでした。何が起こっているのかとネズミを解剖したところ、出てきたのは赤ちゃんではなく、大きくなって表面がゴツゴツしている肝臓。肝臓にがんができていました。APOBEC1はネズミを健康にするどころか、がんを作ったのです。(イネラリティ)先生の仮説は完全に外れました。しかし私は、どうしてこんな予想外のことが起こるのだろうかと、(研究所での)残りの期間をがんの研究に没頭しました。

その結果、NAT1(Novel APOBEC1 Target1)という遺伝子を新しく見つけました。このNAT1の機能を調べていくと、確かにがんにも関係しているかもしれない。けれどそれよりも、ES細胞(Embryonic Stem Cell、胚性幹細胞)という万能細胞でNAT1は非常に大切な役割をしているのだということが分かりました。ES細胞というのは、1981年に初めてアメリカとイギリスの研究者が人工的につくりだした細胞です。ネズミから受精卵を取り出し、実験室で長期に受精卵の性質を維持したまま、(受精卵の一部の細胞を取り出して)培養するのに成功したのがES細胞です。

講演する山中伸弥 氏
講演する山中伸弥 氏

ES細胞には、受精卵と共通する2つの性質があります。1つは、1つの受精卵が数十兆個の細胞に増える力があるのと同じように、ES細胞もほぼ無限に増やすことができるということです。もう1つは、ES細胞は受精卵と同じように、神経の細胞や肝臓の細胞など、少なくとも理論上はあらゆる細胞に変化できるということです。

アメリカに行った時はこのような勉強をするとは思っていませんでした。動脈硬化の研究をするはずが、予想外の結果から偶然がんの研究をすることになり、がんの研究をしているつもりがES細胞に大切な遺伝子を発見。そして、ES細胞の研究を続けた結果できたのが、ES細胞にそっくりなiPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell:人工多能性幹細胞)です。ES細胞とiPS細胞の違いは、ES細胞が受精卵の一部の細胞から作製されるのに対して、iPS細胞は皮膚や血液の細胞から作製されるということです。特定の4つの遺伝子を同時に皮膚の細胞に送り込むと、皮膚だった細胞が受精卵に近い状態にリセットされます。最初はマウスで、そして2007年には人間のiPS細胞を同じ方法で作ることができました。iPS細胞はES細胞と同じ性質を持っているので、いろいろな細胞を大量に作り出すことができます。しかも受精卵を使わなくても、大人の皮膚の細胞や血液からiPS細胞を作り出すことができるのです。

最後に私が言いたいのは次のことです。「必要は発明の母」と言いますね。iPS細胞がどうやってできたかというと、確かに最初、何とかして患者さんを治したい、父親の病気を治したいという必要に迫られて研究者になりました。そういう必要性がなかったら発明に至らなかったでしょう。でも、それだけでは絶対iPS細胞にはたどり着けませんでした。出会うと思っていなかった結果に偶然出合ったことがiPS細胞につながりました。ですから「必要は発明の母」であるとすれば、「偶然は発明の父」で、両方がそろって初めて発明はできるのです。「偶然を大切にする」ことがすごく大事だと思います。

(JST「科学と社会」推進部 前尾津也子)

山中伸弥 氏

山中伸弥 氏プロフィール
1987年神戸大学医学部卒業。1993年大阪市立大学大学院博士課程修了。グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大学などを経て、京都大学iPS細胞研究所所長・教授。2012年にはジョン・ガードン博士とノーベル生理学・医学賞を共同受賞。

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