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ナノ技術が織りなす光彩 – バイオミメティクスでモノづくり -(広瀬治子 氏 / (株)構造解析研究所 研究課長)

2012.12.18

広瀬治子 氏 / (株)構造解析研究所 研究課長

バイオミメティクス・市民セミナー「繊維とバイオミメティクス」(2012年10月6日、主催:北海道大学総合博物館 協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会)から

(株)構造解析研究所 研究課長 広瀬治子 氏
広瀬治子 氏

 「せんい」という言葉には、2種類の漢字がある。1つは「繊維」。布を織る糸状の素材で、細くしなやかな凝集性のある物質だ。もう1つの「線維」は、生まれながらに動物が身体に持っている組織の一部で、例えばコラーゲン線維などを指す。

 人類は、歩行を始めた頃から動植物由来の天然繊維を利用してきた。古代遺跡や史書に織物の起源をたどることができる。一方、化学繊維の歴史は浅く、人造絹糸は1883年英国で、ナイロンは1936年米国で作られた。当社「帝人株式会社」は、1918年に「帝国人造絹糸株式会社」として数人体制でスタートした。日本の化学繊維の黎明期だった。

 ちなみに日本の綿織物は、1897年に豊田佐吉が「豊田式木製動力織機」を発明して、世界一の輸出国になっていた。いずれも第2次世界大戦で潰滅的な打撃を受けたが、化学繊維は60年代に急激に回復、生産量が世界の約20%、第2位になった。現在は、中国が世界の化学繊維の生産量の第1位で、約63%を占める(経済産業省2010年)。

 ところが日本は、「炭素繊維」という新たな分野でトップを行く。最初は、米国がレーヨン系で炭素繊維を始めたが、日本は61年に高性能の「ポリアクリロニトリル(PAN)系の炭素繊維」を発明し、91年に「カーボンナノチューブ(CNT)」も発見して、いま世界の炭素繊維の約80%を生産している。

 「繊維の定義」は、従来、「直径が1ミリメートル以下で、かつ直径に比較して長さが著しく大きな形態を持ち、たわみやすく、糸や織物などを構成する材料」とされていた。ナノレベルの繊維の開発により、「繊維とは、直径が1-100ナノメートル(nm)*以上で、長さが直径の100倍以上の繊維状物質」(繊維学会)という定義が生まれている。人間の眼の解像度(2つのものの距離を見分ける力)は、10分の1ミリメートルと言われており、ほとんどの人はナノサイズを想像しがたいと思う。例えると、月にバスケットボールを置いて地球から眺めると、大体1nmになる。

  ナノメートル:1ミリメートルの100万分の1

 さて欧州では、90年代に生物学と材料化学が学際融合して、バイオミメティクスの潮流が起こった。それは、「自然のシステムもしくは、それに類似したものの特性を表現する構造科学」と言われる。当社は、ナノメートル(nm)やマイクロメートル*レベルの「形態構造解析」の技術開発を進め、生物を規範としたモノづくりに取り組んだ。

  マイクロメートル:1ミリメートルの1000分の1

モルフォ蝶の翅をモデルに新繊維

 日産自動車と田中貴金属工業、帝人の3社は、1995年、世界初の色素や顔料を使わない「構造発色繊維」づくりを開始した。完成したのが製品名「モルフォテックス」で、主にアマゾンに生息するモルフォ蝶(雄)の青い翅(はね)の構造を模倣した。

 走査型電子顕微鏡で観察すると、翅の表面にある鱗粉(りんぷん)の断面は、厚さ70-80nmの細板のような薄膜(ラメラ〈lamella〉)が棚のように8-9層ほど積み重なり、これが140-160nm間隔でびっしりと林立しているような構造をしている。

 このような多層膜では、外からの光が各膜で散乱(反射、屈折)し、互いに光を強めあったり弱めあったりする干渉作用(多層膜干渉)が起こる。モルフォ蝶の場合、波長400-500nmの青色の光が最も強く干渉する構造なので、青い色が際立って見える。このメカニズムを繊維に応用するには、原料から発色まで、さまざまな困難があった。

 まず素材は、大量生産を前提に、耐久性と強伸度があって糸にしやすいポリエチレンテレフタレート(PET)とナイロンを選んだ。糸を作るマイクロメートル・サイズの口金の設計が難しく、材料の粘度の違いを計算して、特殊な技術を駆使した。生産性を上げるために、口金から出てくる糸をすぐに3倍に延伸して、1時間に約200キロメートル巻き取る「直接延伸方式」を採用した。製糸過程の熱による糸の収縮と層の変化を抑制するために、特殊な加熱ローラーも開発した。高い温度で瞬間的に結晶化させ、分子運動を止めて形を保つ仕組みだ。

 糸の断面は、光の透過や反射を制御しやすいように、やや平らにした。PETとナイロンの高分子(ポリマー)を交互に61層張り合わせ、直径が10-17マイクロメートル。色彩のトーンは、主に多層膜の光の屈折率と膜厚の計算を基に割り出す。積層の数を増やして発色を向上させ、層厚を変えて色を作り分けた。10nm単位で制御しながら、正確に層を積み重ねるのが非常に難しく、完成まで7年かかった。鮮やかではないけれど、青、緑、赤の3色の糸を作ることが出来た。

 一般的な染色工程では、洗浄に大量の水を使い、大量の廃水が発生する。開発した構造色の発色方法では、退色せず、省エネと資源を削減できる。衣料用の長繊維として「モルフォテックス」、それをカットして化粧品などに入れて使う「モルフォトーン」を作り、用途に応じて2種類の繊維を製品化した。

 自然界には、ほかにも構造色を持つ生き物が沢山いる。水中で外からの光を受けて、体表がキラキラ反射して見えるイカ。「玉虫の厨子」で知られるタマムシの翅、真珠の虹色、クジャクの羽などである。

植物や昆虫の機能を模倣して

 蓮(ハス)の葉の表面は、水滴がこぼれ落ちるといった、超撥水性を示す。その微細な凹凸構造を模倣し、マイクロファイバーで空気の層を作るような織り方によって、超撥水布地「マイクロフト」を考案した。傘やゴルフウェアに実用化した。水に濡れても、サッと振れば水滴が落ちる。また、光を反射しないことで知られる“ガの眼”(モスアイ)の構造を、ブラックフォーマルの生地に応用した。繊維の表面にナノ構造の陥没を付けることで、安っぽいテカリを押さえ、深みのある黒い色が出ている。なお三菱レイヨン(株)と(財)神奈川科学アカデミーが、「モスアイ型の無反射フィルム」を開発している。

ナノレベルの多層、積層構造を人工的に構築。そして形態を解析

 我々がいま繊維よりも注力しているのは、数百層の多層膜を使った「超多層フィルム(MLF)」である。製造法は、2種類のポリエステル樹脂を別々に溶融状態で押し出して、シート状に積層する。各層が混じり合わないように急冷する。「ガラス転移点」*以上の温度で、逐次、縦横に薄く延ばす。最終的に熱固定してフィルムにする。これを用いて、近ごろは、自動車のボディに3次元一体成形ができるようになった。見る角度で青色や緑色に変化する。自動車のエンブレムや内装材、扇子など幅広い用途がある。偽造が困難な高度な技術なので、個人的には紙幣に採用いただければと思う。

ガラス転移点:プラスチックなどの硬質のガラス状態が、分子運動が活発になり、ゴムのように軟化する温度

 生物の形態をまねてモノを作るには、その構造を精確に「観る」ことが重要だ。それに、製品の形態構造をナノ、マイクロレベルで解析することが製造だけでなく、異常品の検証にも不可欠である。

 糸の断面の構造を透過型電子顕微鏡で見るには、糸をシリコン板に渡して樹脂で固め、ダイヤモンドナイフで、50-100nmの薄い切片にして試料にする。糸を縦切りする方法もある。さらに材料の分散状態については、例えばPETとポリスチレンとの混紡だと、四酸化ルテニウムを使ってポリスチレンを染色し、染色の有無から見分けることができる。

 まだ研究途上だが、カイコが絹糸を作る機構の解明に取り組んでいる。口先の1ミリメートルくらいの器官で、液状のタンパクが糸に変わる。この口先を調べるために、連続的に1マイクロメートルの切片を1,200枚作り、それを積み重ねて3次元に組み立てた。生体組織は、細胞の死後変化を抑えるために薬剤処理する。最終的には、細胞の水分だったところを樹脂に置き換えて、薄片にする。観察の結果、不均一な圧力をかけるだけで、糸を紡いでいくことが計算で証明できた。この機構を何かに応用できないかと思う。

 ナノ構造の3次元の構造解析にはトモグラフィー(断層影像法)を使う。例えば1つの切片を、一定の角度まで1度ずつ角度を傾けて、それぞれの像を取り込む。そのデータを集積して画像を再構築すると、ナノレベルで構造の立体像が分かる。いろいろな方向から、瞬間的な断面像を捉えることができる。しかも2次元では、ドット(点)状に入っているように見える粒子が、3次元で見ると、実はラインで入っていたことが分かる。粒子がバラバラか、つながっているのか、体積の評価も可能だ。

 分子・原子スケールで製品を企画する時代になった。世界では、0.1ナノメートルサイズで原子を1つ1つ画像にして、可視化できるようになった。試料づくりの進化と電子顕微鏡の発達のおかげだ。構造発色繊維は、いろいろなノウハウと異分野連携から生まれた。今後、日本が1つのチームになって、バイオミメティクスによるモノづくりで世界をリードして行くことを願う。

(SciencePortal特派員 成田優美)

(株)構造解析研究所 研究課長 広瀬治子 氏
広瀬治子 氏
(ひろせ はるこ)

広瀬治子(ひろせ はるこ)氏のプロフィール
山口大学農学部獣医学科卒業。山口大学医学部微生物学科にて医学博士号取得。同学科研究補佐員。国際精工入社、帝人㈱入社、1995年から現職。獣医師。専門分野は組織解剖学。著書は『次世代バイオミメティクス研究の最前線-生物多様性に学ぶ-』(分担執筆、シーエムシー出版)、『失敗から学ぶ電子顕微鏡試料作製技法Q&A』(分担執筆、アグネ承風社)など。

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