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日本にできることはたくさんある(田中耕一 氏 / 島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所長、2002年ノーベル化学賞 受賞者)

2011.09.06

田中耕一 氏 / 島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所長、2002年ノーベル化学賞 受賞者

FIRSTサイエンスフォーラム「ドリーム:未知の世界をつくる担い手は誰だ!」(2011年3月13日、科学技術振興機構 主催)講演から

島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所長、2002年ノーベル化学賞 受賞者 田中耕一 氏
田中耕一 氏

 最先端研究開発支援(FIRST)プログラムで研究することは、非常にたくさんある。ある程度、的を絞って進めているが、新たに開発する次世代の質量分析システムは大きな広がりを持っており、5年とか10年かけて、ちゃんと役立つものにしていかなくてはならないと思っている。今までできなかった微量の化合物を見ることができるよう感度を1万倍上げるために仮説を構築し、実験を行う日々だ。

 実験というのは、今までの人が見つけたことを確認することだけと思われている。基本的に失敗することはないということだが、私は「成功するために実験を失敗する」と考えている。25年前、まだ20代のころの発見がノーベル化学賞受賞に値するということで非常に褒めていただいたが、これも実際には失敗を新発見に結びつけたわけだ。

 なぜ私が失敗あるいは挫折を面白がれるようになったかということだが、失敗というのは多分、ほとんどの人が同じようなところで失敗する。例えば失敗した実験というのは皆、なるべく思い出したくない。ところがその中に大変新しい展開が待っていて、隠れている場合がある。ほとんどの人、多分100人いたら99人は見捨てるところでも、自分が何をやったかをきちんと解釈すると、ほかの人が見過ごしている十に一つ、百に一つあるような発見に結びつけられるチャンスが転がっている。

 もう一つ大事なことにチームワークがある。科学、技術は世界共通のものだが、日本だから意外にうまくいくところがたくさんある。私は総合科学技術会議の基本政策の委員としていろいろ意見を述べたが、第4期科学技術基本計画の理念の一つとして非常にいい言葉にまとめていただいた。「科学、技術を文化として育む国」という日本のあるべき姿で、このキーワードで一番大きいのはチームワークだ。すばらしいチームワークから独創が生まれる。

 例えば私の場合は大学で電気が専門だった。なぜ化学の発見、発明ができたか、皆に不思議がられる。島津製作所に入社し、中央研究所で専門が機械、化学、物理、それから、電気といった人たちがごちゃごちゃと集まっている所に配属され、どうしてだろうと思っていた。それが今となってはものすごくよかったと思う。

 チームワークがあれば、例えば化学の常識ではそんなことはできるはずがないということを、電気の知識を生かして新たな発見、発明ができる。そういう場が自然にできているということだ。異分野融合によって独創、創造ができる。それを行うためには、チームワークが必要ということだ。

 チームワークといっても、私の言うチームというのは普通の人の解釈と少し違う。異分野の人々が集まって、異なる意見をお互い尊重し合う。単に相手を打ち負かそうというのではなく、お互いの画期的なアイデアを認め、それを取り入れられる環境であるということだ。お互い、自分の意見を言い合えることができ、それを尊重し合える環境だ。

 こうした環境というのは、実は日本の中に既に素地ができていると思う。ものづくりの場では、例えば自動車はガソリンという化学製品を燃やして、ピストンという機械部品を動かし、電気回路やソフトウエアで制御する。

 それをさらに発展させるにはどうしたらいいか。例えば基礎研究では大学などで非常に世界の最先端のことが行われている。役に立つものをつくるものづくりでも、世界に冠たるものがある。それぞれ非常にすばらしいことだが、その間をつないでよい循環を生み出す人あるいはお金、ノウハウというものが日本はまだまだ不十分だ。それらは実は一人で行うことはできない。

 皆さんに意義を伝えるためには、間に立ってちゃんとそのよさをうまく伝えていく説明責任、うまくコミュニケーションしていく能力が必要であり、それを行えればやりがいが生まれるし、知恵ももちろん共有することができる。単なるお金だけでなく、心の豊かさも得ることができる。私自身の経験でいえば、口下手だったのが、5人というチームの中で自分が何をやっているか説明しないと分かってもらえない。日ごろ、皆さん、自分のことで忙しい中、「自分がこういうことをやった」と説明し、「それは面白い。すごいことじゃないか。もう少し分かりやすく話して」などと言われる経験を積み重ねていって、私も少しずつ成長できた。これを企業ではオン・ザ・ジョブ・トレーニングという。

 こういう循環をもっとつくり上げれば、日本というのはもっとすばらしい国になると私は言っている。

 今までの日本というのは不良品を絶対に出してはいけない、失敗することは絶対に駄目ということでやってきた。それが日本の製品の信頼性の高さにつながり、特にアジアの方々からは非常に高く評価されている。これ自体もまだまだ伸ばす必要はあるが、今、日本というのは世界の最先端を走れる部分がたくさん出てきた。だから、これからの日本というのはだれも試したことのないことに挑戦し、あるいは独創を育むことが必要ではないか。そのためにたとえ失敗してもいい、それが新しいことにつながればいい、という感覚で取り組まなければならないと思う。

 大人はよく子どもに「夢を持たなければならない」という。そこまで大人が仕向ける必要があるだろうか。私自身、別にこうしたいという夢を持っていたわけではない。会社には悪いが、どちらかというと好奇心と、何かに貢献したいという実に漠然とした、かつ人の生きる根幹にかかわる思いしか持っていなかった。「夢を持たなければならない」と言わせているのは今の大人ではないか。「私たちは失敗した…。今の日本はこんなていたらくだ。子どもたちには夢を持って前に進んでほしい。」と。何かみんなが子どもたちに重い重い期待をかけ過ぎているのではないか、という気がする。

 しかし、実は私と同時にノーベル化学賞を受賞されたジョン・フェン先生はついこの前亡くなられたが、この方は60歳を過ぎて、新しいことを発明された。別に若いからできる、年をとったからできないというものではないと思う。今の例えば30代、40代、50代、あるいは60代でも70代でもいい。私自身に対しての叱咤(しった)激励でもあるが、もう少し自分たちでできることをやりなさい。日本というのはまだまだできることがたくさんある、と大人に対してもメッセージを送りたい。

島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所長、2002年ノーベル化学賞 受賞者 田中耕一 氏
田中耕一 氏
(たなか こういち)

田中耕一 氏(たなか こういち)氏のプロフィール
富山県立富山中部高校卒。1983年東北大学工学部電気工学科卒、島津製作所入社。レーザーでタンパクを気化、検出する質量分析法を開発した業績で2002年ノーベル化学賞受賞、同年文化勲章受章、島津製作所フェローに。03年田中耕一記念質量分析研究所長(執行役員待遇)。日本学士院会員。著書に「生涯最高の失敗」(朝日新聞社)。2010年度からスタートした最先端研究開発支援プログラム(FIRST)で30課題の一つに採択された「次世代質量分析システム開発と創薬・診断への貢献」の中心研究者を務める。

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