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「独立国としての県」考える(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2010.03.15

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2010年3月8日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 シンガポールに出張した。1人当たりの国内総生産(GDP)が日本を抜いてアジアのトップになった国である。国といっても、1時間もドライブしたら国の端から端まで行ってしまう。東京23区と面積はほぼ同じ、人口は500万人に満たない。

 大きな大学が2つあり、優秀な教員を破格の条件で招く。日本からも、京都大学をはじめ数人の教授を鳴り物入りで引き抜いた。最先端のバイオテクノロジーでも非常に優れた研究室がある。

 シンガポールには大きな銀行や企業もたくさん支店を出している。小さな国にこんな立派な大学をつくって学生は集まるのか? 銀行や企業はどうやって生きていくのか? 私にはとても不思議に思えた。

 滞在中にその回答が得られた。面会した政府関係者によれば、「それぞれが世界のベストであること。規制をなくし、国境を自由にすること。皆が国際語の英語で話せること。それだけ」ということであった。「評判の良い大学であれば、世界中から学生が来ます。周辺には中国をはじめたくさんの国があります。ビジネスマンも国外からたくさんやって来ます。魅力ある会社の人たちが集まって、ここで相互に連絡し合えればいい」。バイオテクノロジー分野では、日本などから研究者が集まる。病院も外国からの患者が多い。

 さらに会話は続いた。「東京23区を独立国にしたら、国民1人当たりの収入が世界でもっとも多い国になるでしょう。国境を閉ざさなければ、何も困らない。東京大学の学生たちも、ほとんどが外国からの留学生ということになる。ビジネスも周辺の国々のセンターとしてやっていける。それで困ることは何もないでしょう?」

 「国」を「県」という言葉に置き換えてみると、シンガポールの思い切りのよさに気がつく。地域だから分相応に…という考え方もあるだろう。しかし、それでは人は集まらない。シンガポールはその考えを1960年代、リー・クアンユー首相のリーダーシップの下で棄(す)てた。

 平均値ではなく優先順位を考えて、やるときには世界トップのことをやる。拠点をきちんと創(つく)る。そこに一流の人を連れてくる。良い周辺環境を提供する。ユニークな会場で話題となるようなイベントを開催する。私は日本の地域問題を解決するには「独立国としての県」を考えてみるとよいと思った。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
長野県立長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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