ハイライト

地域主導型の科学者コミュニティを(佐藤 哲 氏 / 長野大学 環境ツーリズム学部 教授)

2009.05.03

佐藤 哲 氏 / 長野大学 環境ツーリズム学部 教授

「科学技術と社会の相互作用」第2回シンポジウム(2009年4月25日、社会技術研究開発センター主催)報告から

長野大学 環境ツーリズム学部 教授 佐藤 哲 氏
佐藤 哲 氏

 環境問題は非常に幅広いものです。私は生態学者なのですが、それらの問題を地域からのボトムアップで解決しようというときに、科学者が生産しているような環境問題を解決する知識・処方箋(せん)などが、地域社会の問題解決において必ずしも有効に活用されていない、ということを問題としてとらえています。

 通常、これは「欠如モデル」に相当するのですが、「ステークホルダーの科学リテラシーが足りない」ということが問題にされます。しかし、振り返って考えてみると、むしろ科学者のコミュニティの側に問題があるのではないでしょうか。つまり、普遍性を追求するあまり科学者の研究スタイルが地域に合わない、もともと地域の持っている価値観・知識体系に合わない、そして地域社会の固有性を踏まえた研究が、一方では科学者コミュニティの中で評価されない、という状況があるのです。

 さて、これらの問題解決においてどのように出口を探すか。私は「レジデント型研究機関」に注目します。これは、以下のように定義されます。「地域社会の中に定住して研究を行う研究者を擁する大学・研究所などで、地域社会の課題の解決に役立つ領域融合的研究を、研究機関の使命として明瞭に意識しているもの」。これと対比するものとして「訪問型の研究」、大都市に研究と生活の基盤を置き、限られた期間に外部者としてコミットメントするような研究活動があります。つまり、レジデント型研究機関の科学者は、専門家として科学知を生産する者であるのと同時に、地域の未来に関与する当事者・ステークホルダーとしても存在することになります。

 例えば私が中心となって動かしてきた施設の一つとして、石垣島白保のWWFジャパン・サンゴ礁保護研究センターがあげられますが、これが典型的なレジデント研究機関であろうと思います。

 長年にわたり、サンゴ礁にダメージを与える、陸地から流れ出る赤土の堆積量に関するモニタリングと、サンゴ礁だけでなく他の多くの生物の現状を評価するプログラム定点観測を続けています。さらに、この地域は、スノーケリング観光に利用されるスポットなのですが、スノーケリングをする方がサンゴ礁を傷つけてしまうこともあり、そのような観光産業による環境負荷も、きちんと押さえていくのです。つまり、これからのサンゴ礁をどうしていくのか、という地域の人々の意思決定の際に、活用できる「役に立つ知識」を継続的に生産するという研究スタイルをとっているのです。あわせて、地域の将来を考える協議会において、研究機関のスタッフが中心メンバーとして活動しています。

 ここで、問題解決型の知識生産への変容の実態を把握することと、レジデント型研究機関が機能する要件を解明する必要を感じます。本採択プロジェクトの目標は、科学者とステークホルダーの「協働のガイドライン」の策定と、それに伴う「評価システム」の成熟です。つまり、環境問題の解決に役立つ、実用的な知識を生産する科学コミュニティの確立です。これらガイドラインと評価システムが科学者コミュニティに受け入れられることによって、科学者コミュニティの総体としての問題解決への変容が促されることになるでしょう。

長野大学 環境ツーリズム学部 教授 佐藤 哲 氏
佐藤 哲 氏
(さとう てつ)

佐藤 哲(さとう てつ)氏のプロフィール
生態学者。上智大学大学院生物科学専攻博士後期課程修了(理学博士)。国際協力事業団(現国際協力機構=JICA)派遣専門家、ローレンツ比較行動学研究所客員研究員、マラウィ大学生物学科助教授、東京工業大学特別研究員(ヴィクトリア湖岡田プロジェクト)などを経て2006年長野大学産業社会学部教授。2007年から現職。WWF(世界自然保護基金)ジャパンの前・自然保護室長として、石垣島白保のサンゴ礁と地域の社会のかかわりを通じてサンゴ礁保全と持続可能な資源利用の道筋を追求した。長野大学で地域環境学、環境マネージメント論を担当する傍ら、高校生・一般向けに、地球環境問題や生態学などに関する、数多くの講義を開講している。

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