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子どもの傷害は予防できる(山中龍宏 氏 / 緑園こどもクリニック院長)

2009.02.13

山中龍宏 氏 / 緑園こどもクリニック院長

シンポジウム「傷害予防のための日常生活コンピューティング」(2009年2月11日、科学技術振興機構 主催)講演から

緑園こどもクリニック院長 山中龍宏 氏
山中龍宏 氏

 ゼロ歳児を除く子どもの死亡原因の第1位は「不慮の事故」で、1960年から変わっていない。そもそも事故、アクシデントという言葉は予測できない事象を指している。これに対し、予測できて予防することが可能な事象はインジャリー(傷害)だ。われわれは事故といわず傷害という言葉を使っている。まず子どもの事故は、予防できる「傷害」だと意識を変える必要がある。

 子どもがやけどやけがをすると「親の不注意」「親の責任」となり、「気を付けて」「目を離さないで」といった具体性のないことばかり言われて来た。この結果、子どもの傷害の頻度は変わらず、相も変わらず毎年毎年同じような事故が起きている。小児科医である私がなぜ、子どもの傷害予防をやらなければと思うようになったか。1985年9月に14歳の女児がプールの吸い込み口に引き込まれ死亡するケースに遭遇したからだ。その後も子どもがプールの吸い込み口に挟まれて死亡する例はなくならない。40件近く起きている。今年も恐らく起きるだろう。スウェーデンやオーストラリアをはじめとするほかの国では国を挙げて取り組んでいるのに対し、日本では社会全体の意識が旧態依然のままだからだ。

 何とかしなければならないと89年の2月、日本小児科学会に小児事故対策委員会を設置した。2002年8月、日本外来小児科学会にも事故予防検討会を設立し、04年6月に坂口力・厚生労働大臣に要望書を提出した。医療機関から傷害のデータを継続して収集する傷害サーベイランスシステムの整備と、国立成育医療センター・研究所に傷害予防部を設置するよう提言した。厚生労働省からは「担当部署がない」という返事が来ただけで、全く動いてくれなかった。

 傷害予防とは、具体的に予防活動を展開して、その効果を数値で検討し、発生数・発生率の減少、入院日数、通院日数、医療費などの軽減を科学的に評価することだ。親の不注意や責任を問うのではなく、親が「気をつけなくても」「目を離してもいい」環境を作り、事故が見えるようにして、社会の責任をはっきりさせ、横断的、社会的な原因究明の仕組みを作ることが必要になる。

 どうして日本ではできないのか先輩に相談したら「自分でやれ。資金も自分で作れ」と言われた。それでは自分でやるほかないと05年7月に立ち上げたのが「事故サーベイランス・プロジェクト」だ。この年の10月、北九州市の公園で5歳児が遊具のらせん階段から転落して背中を強打し、腎臓破裂で9日間入院した事例について検討した。

 医師から情報を収集し、保護者、本人からも傷害が発生したときの状況を聴き、実際に現地でその遊具を調べ、さらに人形をらせん階段から落下させ背部にかかる荷重を計測した。産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター内に同じ構造のらせん階段を組み立て、3-6歳児を実際に遊ばせてみて行動観察を行った。その結果、年少児はらせん階段の内側、角度が最も急な階段部分を上る傾向が高いことが分かった。これらのデータを基に、遊具メーカーに改善策を考えてもらい、遊具の改良のための試作品を製作した。

 公園の管理者である市の公園管理課に対して、実証実験の結果と試作品を示して遊具の改良を依頼した結果、事故から1年以上たった07年の2月に市内の同じ遊具34基の改良が行われた。らせん階段の内側にてすりを設けて、角度が最も急な危険個所を通れないようにするとともに最下部のわきに仕切りを設け、さらに下に転げ落ちないようにしてある。かかった費用は1基当たり約12万円、総額413万円だった。この活動により安全のための知識を、各専門家がそれぞれ蓄積し、共有し、循環させることが傷害予防活動であることが分かった。

 われわれは、事故を予防するには「安全知識循環型社会」の構築が必要である、と提言している。事故が発生したときの救急、治療活動から傷害データの収集、現場検証、事故事例の知識化、対策法の考案、情報の伝達、対策の実施にかかわる消防、医療機関、専門家・研究者、教育機関、自治体、保護者、メディア、メーカーなどが一つのループにつながることが必要だ。

 小児に対する系統的な取り組みは始まったばかりだが、医療機関で詳細な情報を収集し、それを工学系の研究者が解析し、コンピュータ上で傷害を再現することが可能になっている。また、大量に集まったデータは情報技術で処理され、因果構造が明らかにされつつある。

 これまで日本では小児の安全に対する関心も、傷害予防にかける社会的費用もあまりに低すぎた。子どもの傷害は予測ができ、予防も可能。傷害データは国民の財産であり、人類の財産であることを出発点に、今後は、重症度が高い個々の傷害事例の原因究明に取り組み、いくつもの成功例を積み重ねていく必要がある。

緑園こどもクリニック院長 山中龍宏 氏
山中龍宏 氏
(やまなか たつひろ)

山中龍宏(やまなか たつひろ)氏のプロフィール
1947年広島県生まれ。74年東京大学医学部卒。東京大学医学部小児科講師、焼津市立総合病院小児科科長、こどもの城小児保健部長を経て99年から現職。現在、日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会委員長、日本小児保健協会事故予防検討会委員長、日本学術会議連携会員。産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター子どもの傷害予防工学カウンシル(CIPEC)代表、経済産業省「安全知識循環型社会構築事業」事業総括も。著書に「子どもの誤飲・事故を防ぐ本」(三省堂)、「赤ちゃんの病気&ケア」(日本放送協会)など。

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