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地域発の多彩な科学技術・イノベーション、白書が事例を特集

2023.06.23

 「地域から始まる科学技術・イノベーション」と題した令和5(2023)年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が閣議決定した。地域をめぐる科学技術・イノベーション政策の変遷を振り返り、地域ごとの特性や強み、課題から生まれる多彩な革新に光を当て、各地の具体例を紹介した。

令和5年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)
令和5年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)

 白書は例年通りの2部構成で、20日に閣議決定された。第1部は毎年、切り口を変えた特集記事の形を採っており、未来社会像「Society(ソサエティー)5.0」をテーマとした令和3年版、日本の研究力の課題を扱った4年版に続き、今年は地域にスポットを当てた。教育、研究機関や自治体、企業が特色を生かして革新を起こし、地域の魅力を高めている事例などを盛り込んでいる。

 第1章では科学技術基本法制定(1995年)以降の政府の施策を振り返り、拠点整備の例として筑波研究学園都市や関西文化学術研究都市を挙げた。「地方大学・地域産業創生交付金」により、特定分野に強い大学作りが進んでいる。デジタルの力で地域の個性を生かし、課題解決と魅力向上を図る「デジタル田園都市国家構想」も紹介した。

地域主導、産業や技術生かした拠点形成

 第2章は大規模な科学技術・イノベーション拠点として、川崎市と神戸市を採り上げた。地域主導で独自の産業や技術を生かし拠点を形成し、活性化につなげている。

 550以上の研究開発機関が集積する川崎市は「オープンイノベーション都市かわさき」の形成を推進する。人の体内を巡回するナノマシンを開発し、病気を見つけ治療する「体内病院」を目指す産学官連携研究や、日本初のゲート型商用量子コンピューター設置を契機とした研究体制、拠点整備、人材育成の取り組みなどが進んでいる。

 阪神・淡路大震災(1995年)の復興事業として、神戸市は「神戸医療産業都市」構想に着手。ポートアイランドに先端医療技術の研究開発拠点を整備してきた。世界初の人工多能性幹細胞(iPS細胞)移植手術や歯髄再生医療、手術支援ロボットの開発などが実現。理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」は国民の安全・安心に関わる研究などに活用されている。

健康、バイオ、半導体…地域や大学が強み発揮

 第3章では地域の特性や大学の強みを生かした取り組みを紹介。「短命県返上」を一大目標にしてきた青森県では、弘前大学が弘前市民を対象に大規模な健康調査を継続。のべ約2万人、約3000項目の健康情報を蓄積し、認知症や生活習慣病などの予防法の研究やビジネス化に取り組んでいる。郷土料理「氷頭(ひず)なます」をヒントに、氷頭(鮭の鼻先の軟骨)の成分を抽出する技術を開発し、健康・美容商品などに利用されている。

 人口減と少子化に悩む北海道岩見沢市は、妊産婦の健康情報などのデータを基に、国内初の在宅・遠隔妊産婦検診や配食サービスを実現し、低出生体重児の減少につなげた。高齢化による労働力不足が課題の農業の維持のため、ICT(情報通信技術)を活用してきめ細かい気象観測を実施。ドローンやロボットトラクターの運用実験が行われている。

 2001年に慶応大学先端生命科学研究所が設立された山形県鶴岡市では、最先端のバイオテクノロジーやIT(情報技術)を採り入れた新しい生命科学「統合システムバイオロジー」の研究から生まれた新興企業により、技術や製品が生まれている。高校生が同研究所の研究に関わる教育事業も行われてきた。

 半導体産業強化の動きも各地でみられる。熊本県では、チップを重ねて性能を高めた半導体の国内初の量産化を、産学官連携で目指す動きがある。地方ごとの人材育成の協議会設立も相次ぐ。次世代半導体の拠点が東京大学、東北大学、東京工業大学に設立された。

 東北大学では放射光施設「ナノテラス」が来年度に稼働するほか、「サイエンスパーク」の整備を進めている。仙台市はナノテラス周辺に研究開発拠点や関連企業の集積を目指している。

 海水の淡水化技術では、信州大学の遠藤守信特別栄誉教授が産学官連携で開発したナノカーボンを利用した、逆浸透膜が注目されている。膜表面に汚れがたまりにくい構造で、装置の耐久性が向上し運用コストを低減できるとされる。サウジアラビアが注目し同大と連携を強めているほか、各国で課題となっている飲料水確保のため、浄水器に応用する動きも進む。

 名古屋大学が開発したオープンソースの自動運転ソフトウェアを活用し、同大発の企業がシステムや車両の開発など取り組んでいる。ソフトウェアは20カ国500社以上で採用され、運転技術や車両の開発が進む。ゴルフカーをベースにした、工場や倉庫で低速で走る車両が実用化。近距離バスの公道実験も続いている。

各地の高専、起業につながる技術開発続々

 第4章では高等専門学校(高専)に注目した。中学を卒業した生徒が入学し、5年(商船学科は5年半)課程で技術者に必要な一般、専門科目を学ぶ。全国に国公私立58校があり、学生は計約6万人。海外でも注目され、タイで日本型高専2校が開校。国立高等専門学校機構はベトナムとモンゴルの教育機関を支援している。国内各校が連携し人工衛星の開発、さまざまな分野の人材育成が行われている。

 起業につながる各校の技術開発も相次いでいる。画像データを全自動で点字に翻訳するシステム(東京高専)、病院や高齢者施設で健康状態を把握するシステム(香川高専)、メーターの針の目盛りを撮影しAI(人工知能)でデジタル化するカメラ(長岡高専)、指先の柔軟な構造のロボットハンドでの再現(北九州高専)などを挙げ、高専が「高度な人材を育て、その強みや豊富なアイデアを生かして地域の課題解決に取り組んでいる」とした。

 第5章は「最後に」とし、世界の産業構造が資本集約型から知識集約型へ変化する中、地域の産業構造も知識集約型へと変革する必要があることなどを提言。このような問題意識の下、政府が実力と意欲のある大学を支援するため昨年2月にまとめ、今年2月に改訂した「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」や、新興企業創出を強化するために昨年11月に策定した「スタートアップ育成5か年計画」に触れている。

 第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーションの振興策をまとめている。「レーザー光による害虫撃墜技術の開発」「活躍する博士人材」などのコラムも盛り込んだ。表紙と扉絵は、令和3年版で描かれた仮想空間を用いながら、地域にイノベーションの創出が広がる様子を描いた。多様な知が広がり芽吹く様子を、タンポポの種が舞うことで表現したという。

扉絵。多彩な知が地域に広がり、芽吹く様子を描いた(文部科学省提供)
扉絵。多彩な知が地域に広がり、芽吹く様子を描いた(文部科学省提供)

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