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細胞のがん化阻止するタンパク発見

掲載日:2007年8月28日

細胞ががん化する前に排除してしまう因子を、千葉大医学部の研究チームが見つけた。この因子の機能を詳細に調べることによって、がん細胞だけを殺すがん分子標的薬の開発にもつながる成果と期待されている。

田中知明・千葉大医学部助教が米コロンビア大学、大鵬薬品工業との共同研究で見つけた因子は、hCAS/CSE1Lと呼ばれる。田中助教らは、がん抑制遺伝子として知られるp53が、がん抑制機能を発揮するときにクロマチンと呼ばれる構造をとることに着目、p53と結合するタンパクを調べた結果、hCAS/CSE1Lが重要な働きをしていることを突き止めた。

がん抑制遺伝子P53は、異常な細胞の増殖を止めることと、細胞の自殺(アポトーシス)に導く働きをしていることが分かっており、実際に50%以上のがんで、P53が機能を失っていることも知られている。しかし、異常な細胞の増殖を止めることと、アポトーシスに導く2つの機能をどのように使い分けているかというメカニズムはよく分かっていなかった。

hCAS/CSE1Lが、p53を介した自殺遺伝子の生産を誘導し、異常細胞を排除する役割を果たしているが突き止められたことで、がんになる(異常細胞が排除されない)過程を明らかにする大きな手がかりとなるだけでなく、がん細胞だけを自殺(アポトーシス)に導く新しいがん分子標的薬の開発にも応用できると田中助教らは言っている。

田中知明助教の研究成果要約は以下の通り。

    (要約)
    近年、癌に特異的なたんぱく質に働きかけ正常細胞は傷つけない「分子標的薬」の開発が進み一部の癌には治療効果をもたらしているが、癌全体でみると治療薬の開発は進んでいない。癌の50%以上において、癌抑制遺伝子p53が正常な機能を失っており、p53は我々の正常な細胞が癌になるのを防ぐのに重要な役割を果たしている。p53は異常な細胞の増殖を止める、あるいは自殺(アポトーシス)に導くという2つの機能を有しているが、その使い分けのメカニズムは十分に解明されていなかった。今回、千葉大学医学部細胞治療学の田中知明助教と龍野一郎准教授は、大鵬薬品工業(株)の大久保秀一研究員とコロンビア大学のCarol Prives教授との共同研究により、細胞内のクロマチン上で機能しているp53複合体をプロテオミクスの方法を応用して精製し、その中にp53の機能を切り替えるスイッチ的な役割を果たす因子であるhCAS/CSE1Lを見出した。hCAS/CSE1Lはp53を介した自殺遺伝子の生産を誘導し、異常細胞の排除に機能することがわかった。この結果は異常細胞が排除されず癌になってしまう過程を明らかにする際の大きな手がかりとなるのみならず、hCAS/CSE1Lの機能を更に詳細に解析することで癌細胞のみに自殺遺伝子生産を導き攻撃する新しい癌分子標的薬の開発にも応用されることが期待される。

    in vivoクロマチン複合体の中で作用する分子群を同定という斬新な試みは、全く新しいタイプの抗癌剤の開発や遺伝子治療への応用に結びつく。しかもこの方法論は原理的に他の全ての転写因子に応用することが可能であり、癌分野の研究進展だけでなく他の転写因子研究への波及効果が期待され、更に同定された因子から更なる新しい知見が生まれることが予想される。
    (研究の背景と内容)
    ヒトのがんの約50%以上に変異の認められる癌抑制遺伝子産物p53は、DNA傷害などのさまざまな細胞のストレスによって活性化される。活性化されたp53は、細胞の増殖を停止してDNA修復機構が働くようにしたり、あるいは損傷が大きい場合はアポトーシスを誘導し自らの細胞を殺すように作用する。つまり、p53は生体を癌の発生から防ぐために変異細胞の増殖を抑制し修復を引き起こしたり、また排除したりと、傷害を受けた細胞の運命を決定する重要な役割を担っている。それゆえに、p53の発現量と活性は複雑なメカニズムにより緻密にしかも厳密に調節されているが、その生理作用は主にp53がDNA配列特異的な転写因子として機能し、p21WAF1、14-3-3σ、p53R2、BAX、PUMA、NOXA、p53AIP1など様々な生理作用を持つ下流遺伝子を転写活性化することで発揮されている。それらの異なる経路を選択するメカニズムのひとつとして、p53自体の特異的部位のリン酸化が、アポトーシス誘導能と下流遺伝子の選択性に関わっていることを、国立がんセンター研究所の田矢洋一部長(放射線部)の元で報告してきた(Cell. 102:849-862, 2000)。また海外の研究では、p73などのいわゆるp53ファミリーがp53のアポトーシス誘導能に重要であることや(Nature 416:560-564, 2002)、ASPPなどのコファクターが標的遺伝子の選択性に関わっていることが報告されている(Mol. Cell 8:781-794, 2001)。これら一つ一つのエビデンスは非常に重要な知見ではあるものの、実際にどのような分子メカニズムでp53が下流遺伝子を選択し、その結果として細胞の生死を決定づけているのか本質的な部分は未だ明らかにされていないのが現状である。

    一方で、ポストゲノム時代の転写因子研究における最近のトピックとして、ヒストンの修飾を含むクロマチンの構造とダイナミズムが挙げられる(Cell Res 15:292-300, 2005)。ゲノム上に存在する数多くの遺伝子がクロマチンという構造を介してどのように緻密に発現調節を受けているのかは未だに多くの疑問が残っているところである。細胞の増殖、分化、アポトーシスの過程において、クロマチン構造やヒストンの翻訳後修飾の変化が遺伝子の発現調節に非常に重要であり、その分子制御機構が徐々に紐解かれていく中で、p53が標的遺伝子を転写活性化するプロセスにおいてもやはり、クロマチンの構造的変化やその制御が深く関わっているのは明らかであり、特異的下流遺伝子の選択的な活性化との関連も想定されている。

    今回我々は、p53によるプロモーター選択の分子メカニズムの解明を目的として、特にクロマチンとの関わりに焦点を当て、chromatin immunoprecipitation(ChIP)とサイズフラクショネーション・タグアフィニティー精製・mass-spectrometryなどのプロテオミクス手法を組み合わせることで、in vivoにおけるp53クロマチン複合体の精製とそこに含まれる機能的なコンポーネントの同定を試みてきた。

    実際に、このアイデアに基づき機能的p53クロマチ複合体のひとつのコンポーネントとして、human Cellular Apoptosis Susceptibility protein (hCAS/CSE1L)を同定することに成功した。興味深いことにこの分子は、もともと乳がん細胞株でアポトーシスに関与する遺伝子としてクローニングされたが、実は、核孔と核外輸送を構成する分子ファミリーのひとつであり、転写因子やRNA など様々な分子の核内外への輸送に関わっている遺伝子であった。それに加えて、Yeastのホモローグ(chromosome segregation gene1:Cse1)では、クロマチンにカップリングしてヘテロクロマチンの伸長を阻害することで遺伝子の転写を調節している機能があることが最近明らかになったばかりである(Cell 117:427-439, 2004)。我々はsiRNAなどの遺伝子発現抑制システムを用いて、hCAS/CSE1Lがp53クロマチン複合体とカップリングし、ヘテロクロマチンの調節を介して、p53の選択的転写活性やアポトーシスを制御していることを明らかにした。これらの結果は、このアイデアとシステムがp53クロマチン複合体に含まれるコンポーネントを同定するのに非常に有用であり、かつ実際に生理的役割を有する機能的因子が同定可能であることを示している。分子標的薬という観点から全く新しい作用機序を持つ抗癌剤の開発や遺伝子治療への応用が今後期待される。
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