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人とは何か、人間らしさとは何か、あらためて考えてみる ―サイエンスアゴラ2019キーノートセッションより―

サイエンスライター 早野富美

掲載日:2019年11月28日

科学と社会の関係を深めるための広場、「サイエンスアゴラ2019」が11月15日から3日間にわたり、科学技術振興機構(JST)の主催で開催された。1日目のプログラムの中から日本科学未来館で行われたキーノートセッションの模様をレポートする。

今回のテーマは「Human in the New Age ~どんな未来を生きていく?~」。科学界・研究分野や産業界から5人のパネリストが登壇し、それぞれの視点で「人とは何か、人間らしさとは何か」を議論した。モデレーターは奈良先端科学技術大学院大学准教授でサイエンスアゴラ推進委員長の駒井章治さんが務めた。

キーノートセッションの様子
キーノートセッションの様子

未来に期待を持てる人間拡張技術

キーノートセッションで最初に話をしたのは東京大学先端科学技術研究センター教授で、人間拡張工学を専門としている稲見昌彦さんだ。人間の能力は「人間の体あるいは頭の中に帰属しているのではなく、環境と体の総合作用の中にあると考えている」と持論を展開した。農業革命が起きた時には農業に従事できない人は体にハンディキャップがあるとされ、産業革命後は技術をうまく学ぶことができない人がメンタル面でハンディキャップだとされたことを例に「能力は社会の状況で変わる」ことをまず強調した。

人間拡張のためのテクノロジーという視点で話す稲見昌彦さん
人間拡張のためのテクノロジーという視点で話す稲見昌彦さん

稲見さんは「環境を変えることで、ハンディキャップを克服するだけでなく能力そのものも拡張することができないか」をテーマに研究している。「Society 5.0」と呼ばれる新たな社会では、人は1日の多くの時間をデジタル世界と繋がって生活する。そうした中で、私たちはどのように体を拡張すれば能力をより発揮できるのか。例として興福寺(奈良県)にある6本の手を持つ阿修羅(あしゅら)像をイメージして製作したという装着用の2本の手のロボットを紹介した。「新しいテクノロジーで人間を拡張させると最初は驚くが、その後は笑顔になります」。

稲見さんは、科学に興味がない人たちにも人間拡張の考え方を広めていきたいと、人間拡張技術、スポーツそしてカルチャーを組み合わせた「超人スポーツ」と呼ばれる新しいスポーツに『超人スポーツ協会』を中心にして取り組んでいる。来年の夏にはこの「超人スポーツ」が体験できるようになるという。「年をとっても新しいことができる、新しい能力を発揮できると信じられる社会にしていきたい」。稲見さんは、期待を込めてこのように力強く語っている。

未来でも肉を味わうことを楽しみたい

次に発言したのはマーストリヒト大学教授・モサミートCSOのマーク・ポストさんだ。将来、世界の人口が約100億人になれば、より多くの高たんぱく質の食料が必要になり、また肉の消費量も増えると予測されているという。一方で、肉の生産には多くの植物性たんぱく質やエネルギーなどが必要であること、家畜は環境にあまり良くはないこと、また将来は生産場所も新たに見つけなければならないことなど、いくつかの問題点を指摘した上で「でもやはり私たちは肉が好き」。ポストさんはこの問題の解決法として、幹細胞から肉を作る「培養肉」の研究開発を行っている。

食の視点から話をするマーク・ポストさん
食の視点から話をするマーク・ポストさん

ポストさんは、この培養肉で2011年に最初に作ったハンバーガーを披露しながら「将来、培養肉が提供されるようになることをどう考えるのか」と社会へ向けた問いかけをした。「人に(培養肉で)食料を提供するシステムは複雑でさまざまな問題を抱えているものの、未来も肉を味わうことを楽しみたい。肉だけでなく他の食べ物も家族と一緒に和やかに食事がしたい」。培養肉による未来に楽観しているようだった。

未来を考えるには過去を振り返ることが大切

続いて南山大学人文学部人類文化学科准教授の中尾央さんが人類史の観点から話をした。中尾さんは、考古学者や人類学者が過去を研究し、そこから得られた知見がすぐに未来へ直結するわけではないとしつつも、「未来を見るためには非常に重要な要素が過去の事例の中にあるかもしれない」と強調している。

中尾さんによると、過去を見れば、例えば「母親が育児をすべき」という考え方は間違いであることが分かるという。人類学のデータによれば「狩猟社会」では母親以外の家族が育児を大きく負担していたという。「育児は母親が1人で背負うものではない」という考え方は、まさに今日的だ。

過去から未来を考えることが大切だと話す中尾央さん
過去から未来を考えることが大切だと話す中尾央さん

中尾さんが、次に事例として挙げたのが、ネアンデルタール人の絶滅だ。その仮説の一つとして、ネアンデルタール人は当時の寒冷な環境に適応していたが、その後、地球環境が温暖化の方向へと進むと、その環境に対して新しく適応し直さなければならなくなった。しかし温暖化という変化した環境に適応することができなかったために絶滅してしまったという。これを現代に当てはめると、「環境や技術の急激な変化に対して(新しい環境や技術の中でどのように順応していくのかを)常に考えておく必要がある」と指摘した。

AI時代は情動的交わりが大切

4人目は東京大学大学院総合文化研究科教授の信原幸弘さん。「AI時代に人間はどのように生きていくべきなのか」とセッションのテーマに則してずばり問いかけた。信原さんは私たちがAIを操作するのではなく、逆に操作される恐れがあるかもしれないと指摘。「AI時代では理性的な私たちの行動もAIによって制御されるかもしれない。そこで情動を中心にして人と人やAIや自然などを含む世界との情動的な交わりを大切にしていきたい」と話している。

情動の観点から話をする信原幸弘さん
情動の観点から話をする信原幸弘さん

「情動を主役にして理性を脇役に。それが本来の人間の姿だ」と信原さん。それには情動能力を鍛える必要があるという。ではどのようにしてその能力を鍛えるのか、その最も有効なものはVR(仮想現実)を用いた体験学習だという。「適切な情動を形成し、正しい行動をするような卓越した性格を持った人として生きていきましょう」。

人間と機械との共生は科学技術と人間学に重きを置くこと

最後は産業界からの視点でクリエイティブリニューアル代表のララ・リーさんが発言した。リーさんは30年以上にわたりいろいろな文化や言語などの橋渡しをしながら多くの企業のイノベーション創出に貢献してきた人物だ。リーさんは冒頭で「新しい時代の人間は誰が主導権を握っているのかを考える必要がある。それを考えるには多くのステークホルダーが集まるサイエンスアゴラのような場は良い場だ」などと語った。

産業界の視点で話すララ・リーさん
産業界の視点で話すララ・リーさん

主導権を握るというのは、私たちの生活に影響を与えるような技術について「その技術を所有しているのは誰か」「その技術の価値を設定するのは誰か」「その技術がやることを決めるのは誰か」「社会のゴールは何か」だとリーさん。そして、「私たちが機械にコントロールされるのか、技術を使って人間と機械の相互の利益のために共生していくのか」を人間の問題として考える必要があるという。リーさんは、そのキーワードとなるのは「人間らしさを取り戻すことだ」と指摘した。

機械と共生する新しい社会で、私たちはどのようにしたら人間らしさを取り戻せるのか。「こんな将来にしたいということを考えて、それを実現するために全てを機械に任せないで私たちが手綱を握ること」だとリーさん。つまり人間が得意なことと、機械が得意なこと、それぞれの強みを生かして共生していくことだという。その上で科学技術に加えてもう一度、歴史、哲学、倫理学などの人間学にも重きを置くべきだと述べた。

機械や技術との違い、そして他の生き物の種との違いから人間らしさを考える

一通りパネリストの話が終わると、モデレーターの駒井さんは今年のサイエンスアゴラのテーマを基に設定された4つの問い「人間らしさってなに?」「人とのつながりは何を生み出す?」「人類が抱える課題にどう立ち向かう?」「未来に向かって何をすればいい?」を紹介した。

サイエンスアゴラ2019からの「問い」を紹介する駒井章治さん(左)とパネリストたち
サイエンスアゴラ2019からの「問い」を紹介する駒井章治さん(左)とパネリストたち

リーさんは、機械的な考え方をするのではなく「情動を基に何をすべきか」という生き物としての考え方をするべきであると強調した。しかし、「人は発達によって、論理や情動を基にクリエイティブに物事を進める能力を持つことができるのに、今の教育制度はそうなっていない」と問題点を指摘した。ポストさんも情動について発言。培養肉を作って始めて披露した時は嫌悪感を強く持たれたことを明かした。また、今では誰もが普通に食べている冷凍食品も、世に出た当初は恐れられていたことを指摘。最初抱いた感情も経験を積むことによって消失し、培養肉などのノーベルフードもそのうち抵抗がなくなるのだろうと結論付けている。どうやら人間にとって情動は人間らしさの基になるものではあるが、物事をきちんと判断するには教育が必要なようだ。

キーノートセッションのモデレーターを務めた駒井章治さん
キーノートセッションのモデレーターを務めた駒井章治さん

抵抗感といえば人間の「エンハンスメント」(身体能力や精神機能の拡張や増強)についても当てはまる。稲見さんによると、人の良いところも嫌なところもエンハンスメントするのが技術。そして、技術と人間の決定的違いとして時間の概念を挙げ、「技術は私たちの選択肢を何かあった時に増やすだけ。人間は自分たちの時間で未来を設計する。そして人間らしさとは未来というよりは次世代に何を残したいかを考えること」だと述べている。

最後に会場からこのセッションの前に基調講演で登壇したEuroScience総裁のマイケル・マトローズさんが人間らしさについて次のようにコメントした。「機械または技術と比較して人間らしさとは何かを議論してきたが、生き物の中で他の種と比較して人間らしさとは何かを考えると、生物多様性やバイオテクノロジーの役割を考えながら議論できるかもしれない」。

ステージ上の登壇者たち。左からモデレーターの駒井章治さん、パネリストの稲見昌彦さん、中尾央さん、信原幸弘さん、ララ・リーさん。講演しているのはマーク・ポストさん。
ステージ上の登壇者たち。左からモデレーターの駒井章治さん、パネリストの稲見昌彦さん、中尾央さん、信原幸弘さん、ララ・リーさん。講演しているのはマーク・ポストさん。

モデレーターの駒井さんはこうしたやり取りを受けて、今回のサイエンスアゴラ期間中にも議論が深まることを期待している、と述べてキーノートセッションを締めくくった。

セッションをまとめたグラフィックレコード(グラフィックレコーダー・中尾有里さん、通訳補助・久保健太郎さん)
セッションをまとめたグラフィックレコード(グラフィックレコーダー・中尾有里さん、通訳補助・久保健太郎さん)

(サイエンスライター 早野富美)

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