口腔がんは転移する患者としない患者がいるが、その分かれ目となる細胞が「myCAF(マイキャフ)」といわれるがん細胞のそばにいる特定の細胞集団に由来していることを、弘前大学などの研究グループが明らかにした。転移した患者では23個の遺伝子に特徴的な発現パターンが現れることも発見した。口腔がんは早期に発見すれば予後の良いがんだが、一部の患者はリンパ節に転移することがあり、理由が分かっていなかった。臨床での検査に応用できれば、ゲノム医療などの個別化医療に役立つという。

口腔がんは飲酒や喫煙のほか、適合していない被せものが粘膜に当たることで発症すると考えられており、職場の歯科検診や、「2週間を過ぎても口内炎が治らない」という訴えで歯科医院に来院し、見つかることが多い。手術や抗がん剤などの治療法が確立されているため、全体の5年生存率は6~7割にのぼるが、一部の患者はリンパ節転移が起き、生存率がぐっと下がる。この「分岐点」が何によって引き起こされているのか分かっていなかった。
弘前大学大学院医学研究科歯科口腔外科学講座の古舘健客員研究員(口腔外科学・生物情報学)とテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの高橋康一博士(ゲノム医療学・腫瘍学)らを中心とする国際共同研究グループは、がん細胞を地図のように可視化する「空間的トランスクリプトーム解析」を行い、どの細胞がどの場所でどのような働きをしているのかを調べた。
その結果、口腔がんの転移が起こる患者では、腫瘍中にいる特定のタイプのがん関連線維芽細胞であるmyCAFが活性化していることが分かった。myCAFとは、他の固形がんにも存在するがん関連線維芽細胞の一つ。多くのがんでは腫瘍を増悪させる細胞だが、膵臓がんでは進行を抑える働きをしており、その働きはまだ謎が多いとされる。

myCAFの働きを詳しく調べると、myCAFはコラーゲンなどでできた細胞外マトリックスという細胞の「足場」のような場で、隣り合うがん細胞に増殖を促すシグナルを送っていた。これによって、本来であれば腫瘍と正常細胞の境界で「おとなしく」していたがん細胞が活性化してがん幹細胞となり、治療抵抗性を示したり、転移したりするように変化していた。
そして、口腔がんの転移が起きた患者の遺伝子の発現や変異パターンを見ると、23の遺伝子において、転移が起きない患者との違いがあった。ゲノム医療が発展した場合、口腔がんが分かった時点でこれらの遺伝子の発現パターンを調べられれば、転移するかどうかという予後の予測に寄与できるとみられる。古舘客員研究員は「転移のメカニズムの解明が進めば生存率を高めることにつながる。これからも研究を続け、口腔がんを治るがんにしていきたい」としている。
研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、上原記念生命科学財団の助成を受けて行った。成果は5日、米科学誌「プロス・ジェネティクス」電子版に掲載され、同日弘前大学が発表した。
関連リンク