南西諸島には、生物の性別を決定する「性染色体」が珍しい特徴を持つトゲネズミがいる。これらの3種のゲノム(全遺伝情報)配列を、東京科学大学などの研究グループが詳しく解読し、性染色体の進化過程の仮説を導き出すことに成功した。オス化に関わるY染色体がないアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミでは、他の齧歯(げっし)類でY染色体にある7つの遺伝子が、X染色体で見つかった。この2種のトゲネズミでは、オキナワトゲネズミとの3種共通の祖先から分かれる過程で、Y染色体の一部が丸まった「環状DNA」に載った遺伝子が、X染色体に移動した可能性がある。成果は、これらのユニークなトゲネズミの性染色体の進化や、性決定のメカニズムの解明につながりそうだ。

ヒトやラット、マウスなど多くの哺乳類では、性染色体で性が決まる。X染色体とY染色体を1本ずつ持つXY型だと男性(オス)、X染色体を2本持つXX型だと女性(メス)となる。しかし、南西諸島に生息する日本固有のトゲネズミ属では、奄美大島と徳之島(いずれも鹿児島県)にそれぞれ生息するアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミがY染色体を失っており、オスもメスも性染色体はX染色体のみだ。一方、沖縄本島に生息するオキナワトゲネズミにはY染色体が残っており、XY型がオスとなる。近縁で性染色体に違いがあることから、トゲネズミは性染色体の進化や性決定のメカニズムの解明に適した研究材料といえる。いずれも国の天然記念物に指定されている。

哺乳類などの性決定のメカニズムを調べている北海道大学大学院理学研究院の黒岩麻里教授(生殖遺伝学)は、2014年頃から東京科学大学生命理工学院の伊藤武彦教授(ゲノム情報学)らの支援を受け、トゲネズミのゲノム配列を解読してきた。20年頃からは最新技術を活用し、トゲネズミ3種のゲノム全長配列の決定に成功。伊藤教授の下で研究していた久留米大学医学部の奥野未来講師(ゲノム情報学)が、これらを比較した。
哺乳類のY染色体は小さく、齧歯類のY染色体に共通して見つかるのは10遺伝子しかない。アマミ、トクノシマトゲネズミでは、X染色体の端付近でこれらのうち7つが見つかった。オキナワトゲネズミでも、部分配列を含め7つあった。オキナワではX、Y染色体それぞれに、性染色体ではない「常染色体」がくっついているのに加え、Y染色体で遺伝子がいくつも重複していた。多くの哺乳類では、性決定に関わる「Sry遺伝子」がY遺伝子に存在する。アマミとトクノシマがこのSry遺伝子を持たないのに対し、オキナワでは5つを確認した。
詳細なゲノム配列が分かったことから、トゲネズミ3種共通の祖先にあったとみられるY染色体の状態を、統計的に推測した。ゲノムの変化を追うと、ゲノム構造が異なる場所の境目には特定の「BASD配列」があることが分かった。BASD配列はトゲネズミ以外の齧歯類ではX染色体に1~2しか見つからないが、アマミで3、トクノシマで4、Y染色体での遺伝子重複が顕著なオキナワでは108見つかった。
BASD配列やその周囲のゲノムの状況から、まずトゲネズミ3種共通の祖先で、X染色体にあったBASD配列がY染色体に移動し、オキナワトゲネズミでは遺伝子の増幅や性染色体の拡大が進んだという仮説が出てきた。一方、アマミ、トクノシマトゲネズミではY染色体の一部が丸まって「染色体外環状DNA」を形成し、BASD配列を介してX染色体上に入り込み、その後にY染色体が消失したとの仮説も生じている。今後は性染色体の進化や、アマミ、トクノシマでSry遺伝子の代わりとなっている因子などを調べ、性決定のメカニズムの解明を目指すという。
研究は北海道大学と東京科学大学、久留米大学、国立遺伝学研究所、沖縄大学で行い、5月6日に分子生物学や進化学の国際誌「モレキュラー・バイオロジー・アンド・エボリューション」電子版に掲載された。
関連リンク
- 東京科学大学プレスリリース「Y染色体はどこへ?—ユニークな進化の軌跡」