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他者の記憶は脳の神経細胞の組み合わせで働く 東大グループが解明

2025.08.04

 家族や友達など、「他者」に関する記憶は、性別や系統といった属性に関する情報と特定の相手(個体)に関する情報、それぞれに反応する異なる神経細胞が組み合わさって働くという仕組みをマウスの動物実験で解明したと、東京大学の研究グループが発表した。

 これらの神経細胞は記憶を保持する脳の「海馬」にあることも分かり、脳が相手をどのように記憶するかという長年の謎が次第に明らかになってきた。研究グループは今回の成果を、友達ら他者の記憶の能力の低下という症状がある自閉スペクトラム症(ASD)などの新しい治療戦略につなげたいとしている。

マウスが属性、系統が異なる他者と出会うイメージ画像(奥山輝大教授提供)
マウスが属性、系統が異なる他者と出会うイメージ画像(奥山輝大教授提供)

 友達など、出会った他者についての記憶は「社会性記憶」と呼ばれ、人間の場合は日常生活で重要な役目を果たす。東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大教授らは、これまでに他者についての記憶が、記憶中枢である海馬の中の「腹側CA1領域」という部分に保持されることを突き止めていた。

 しかし、性別をはじめとするさまざまな属性に基づく他者の情報を腹側CA1領域の神経細胞がどのように個々の記憶として整理、処理するかといった詳しい仕組みは分っていなかった。

 奥山教授らは、性別と種類(系統)が異なるマウスを使い、他者であるマウスを記憶する際の神経細胞を詳しく調べた。具体的には1匹の雄マウス(被験マウス)に外見が異なる2系統の雄と雌の計4匹のマウス(刺激マウス)と出会わせて社会性記憶を形成させた。そして柀験マウスに再度、刺激マウスを会わせて腹側CA1領域の神経細胞の電気的活動を記録するなど、神経活動を調べた。

 その結果、この領域には、性別や系統という属性に反応する「プロパティー細胞」と、特定個体に応答する「アイデンティティー細胞」があることが判明した。この領域の神経細胞の活動パターンの解析だけから柀験マウスがどの相手(個体)と出会ったかを予測すると実際に接触したのを7割の確率で当てることができたという。

マウスの海馬の腹側CA1領域の画像(奥山輝大教授提供)
マウスの海馬の腹側CA1領域の画像(奥山輝大教授提供)
他者について記憶する脳の海馬の神経細胞の仕組みを解明する研究の概念図(奥山輝大教授提供)
他者について記憶する脳の海馬の神経細胞の仕組みを解明する研究の概念図(奥山輝大教授提供)

 奥山教授によると、米疾病対策センター(CDC)が2023年に発表した調査では、米国人の36人に1人の割合でASDと診断され、増加傾向にある。興味が限定し、コミュニケーションや共感性に難しさを抱えるほか、友達一人一人を記憶するなどの社会性記憶の能力の一部も低下することが報告されているという。

 奥山教授らはこれまでにASDに関連するとされる遺伝子(Shank3)に欠損を持つマウスは社会性記憶が低下していることも明らかにしている。同教授は「他者を認識して記憶する一連の神経メカニズムをひも解くことが将来、ASD治療法の開発につながる」と話している。

 研究は科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業、日本学術振興会の科学研究費助成事業などの支援を受けて行われ、7月4日付の米科学誌サイエンスに掲載された。

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