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微生物「ボルバキア」が起こす虫の性転換を細胞で再現 農研機構

2023.04.28

 昆虫と共生する微生物の「ボルバキア」は昆虫に感染し、宿主の性をオスからメスに転換させるなど生殖システムを操作する―。農業・食品産業技術総合研究機構などは、害虫アズキノメイガの培養細胞を用いて「メス化」を再現し、遺伝子レベルで性転換メカニズムの一端を初めて明らかにした。メス化の手法は新たな害虫駆除技術の開発などにつながる効果が期待できるという。

カイコ培養細胞内にボルバキアを共生させた蛍光顕微鏡写真。青:カイコ細胞の核。緑:ボルバキア(農研機構提供)
カイコ培養細胞内にボルバキアを共生させた蛍光顕微鏡写真。青:カイコ細胞の核。緑:ボルバキア(農研機構提供)

 ボルバキアは直径1マイクロメートル(1000分の1ミリ)程度で、昆虫の過半数の種に感染しているとされる。細胞内に入って細胞を殺すことなくとどまり、細胞質内で数十個ぐらいに増え、卵子の細胞質を通じて母からのみ子に伝わる。虫の生殖システムをメスが増えるように操作することで、より確実に自身の子孫を残せるようになると考えられている。

 その操作方法は、遺伝的にオスである個体の表現型がメスに性転換する「メス化」がある。このほか、オスのみが成虫になる前に死亡する「オス殺し」、感染オスと非感染メスが交配すると卵がふ化しない「細胞質不和合」、メスがオスと交尾せずメスを産むようになる「単為生殖化」などが知られている。

アズキノメイガのメス(左)とオス(農研機構提供)
アズキノメイガのメス(左)とオス(農研機構提供)

 農研機構昆虫利用技術研究領域の陰山大輔上級研究員らは、アズキノメイガは野外で5%程度に感染が見られ、感染したメスが産んだ卵からはメスばかりがふ化することが分かっていることに着目。ボルバキアの感染によって細胞がメス化するメカニズムを調べることにした。

 実験ではまず、ボルバキアに感染していないアズキノメイガのオスの体の一部を取り出し培養液に浸した。培養液を交換しながら増えてくる細胞を探し、安定して増やせる培養細胞をつくった。培養細胞ができると、感染したアズキノメイガの体の一部と一緒に育てて感染させ、細胞内の遺伝子がどう変化するのかを調べた。

ボルバキアの感染により細胞がメス化するメカニズムを調べる仕組み(農研機構提供)
ボルバキアの感染により細胞がメス化するメカニズムを調べる仕組み(農研機構提供)
培養細胞は専用容器を使い無菌状態で育てる(農研機構提供)
培養細胞は専用容器を使い無菌状態で育てる(農研機構提供)

 PCR検査で性決定遺伝子の発現がどう変化するか確認すると、オスからとった培養細胞が感染によってメスのような遺伝子発現をするように変化していた。さらに5万6000ほどある遺伝子断片の発現量を調べた結果、2つの遺伝子(OsMascとOsznf-2)の発現量の変化が極端に目立った。

 2遺伝子について、培養細胞ではなく、アズキノメイガの実際の卵を用いて発現量が時間ごとにどう変化するかをみると、ボルバキアに感染したメスからとったオスになる卵では、OsMasc遺伝子が顕著に抑制されていた。OsMasc遺伝子の発現がボルバキアによって抑制されることでメス化誘導が進む可能性が示され、性転換が起きるメカニズムの一端を遺伝子レベルで明らかにできたという。

 ボルバキアは感染させた蚊を通じてデング熱のウイルス媒介を防ぐなど害虫駆除分野への応用が進む。陰山上級研究員らは、ボルバキアを用いた環境負荷の低い害虫駆除や有用昆虫の効率的な生産を研究の目標に据えている。今回の研究について「遺伝子やその発現がどのように変化するのかというメカニズムを踏まえた上で実用化を進めることが効率的かつ安全な利用に結びつく」と話している。

 研究は、ムーンショット型農林水産研究開発事業や文部科学省および日本学術振興会が交付する科学研究費助成事業などの支援を受け、富山大学、東京大学、摂南大学と共同で行った。成果は米国科学アカデミー紀要「ネクサス」で2022年12月に発表した。

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