高温で蓄えた熱を、外から力を加えることで、周りの温度に関係なく取り出せる合金を開発した。産業技術総合研究所の研究グループが発表した。チタンとニッケルからなる形状記憶合金を調整し、固体の状態を保ったまま原子配列などが変わる「相変態」の性質を利用できるようにした。新たな蓄熱材料として有望という。
工場などの廃熱を活用する蓄熱材料は、昼間に蓄えた熱を夜に利用するなど、必要な時に熱を取り出せることが重要だ。ただ従来は固体、液体、気体の状態が変わる「相変化」に伴う潜熱を利用するために、周囲が特定の温度になる必要があった。吸熱と放熱が同じ温度で起こるため、より低温では熱を利用できないなど、制約が大きかった。
これに対し研究グループは、相変化ではなく相変態に着目した。金属材料などが固体の状態を保ちつつ、温度により、原子が並ぶ結晶格子の形が斜方体や立方体に変化する。合金では「マルテンサイト合金」と呼ぶ。温度だけでなく、外から力を与えて格子の形を高温相から低温相へと“強制的に”変えることもできる面白い性質を持っている。
そこで、金属に熱を蓄えて高温相にしておき、好きな時に力を加えて低温相にすることで、潜熱を取り出せれば有用だ。形状記憶合金の一種で、チタンとニッケルのマルテンサイト合金は、高温相のものに人間が出せる程度の力を加えると低温相へと相変態できることが知られている。ただ、これまで十分な潜熱が得られず、吸熱と放熱の温度差のコントロールもできなかった。
研究グループはこの合金に銅を加え、室温でロールで挟んで薄く延ばす「冷間圧延」や、加熱することで内部に残った力を軽くする「焼鈍(しょうどん)」を、さまざまな条件で施し調整を試みた。これらの処理をした試料で実験した。
この合金の線に冷間圧延をし、400~600度で1時間の焼鈍をした試料は未処理のものに比べ、加熱して高温相になる温度と、冷却して低温相になる温度との差が大きくなった。また、低温相になり始める温度を20~45度に調整した試料が、目標にした蓄熱量になることを確認した。
さらに冷間圧延をして400度で1時間の焼鈍をした合金を、高温相になり切る温度の42度を超え、60度まで加熱して蓄熱。その後に13度まで冷やした。これに引っ張る力を加えると急激に温度が上昇し、120ニュートンの力では22度に至った。120ニュートンは、直径1ミリ程度のワイヤーで12~13キロ程度の物体を持ち上げる力という。500度の焼鈍でも同様に実験。これらの結果から、この合金は温度が20度以上低下しても熱を保ち、小さい力で効率よく熱を取り出せることが分かった。
この合金に力を加えて低温相にすることで、冷やすのと同様に熱を取り出すことに成功した。研究グループの産総研極限機能材料研究部門高機能磁性材料グループの中山博行主任研究員(金属材料学)は「エネルギー問題への貢献を念頭に材料開発を進め、形状記憶合金の活用の可能性を新しいコンセプトで示せた。今後は目的に合わせて動作温度を調整できるよう、合金の設計や加工の研究を進めたい。“材料屋”なりには電気自動車への利用などが考えられるが、具体的には機械の専門家とのコラボレーションが必要だと感じる。情報収集をし、用途を幅広く考えていきたい」と述べている。
成果は3月9日に日本金属学会春季講演大会で発表した。
関連リンク
- 産業技術総合研究所プレスリリース「温度によらず必要な時に力を加えて熱を取り出せる新規合金を開発」