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「貴金属、全員集合!」の合金作ってみたら 元素の性質一変 京都大など

2022.03.25

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 人類は古来、金属にさまざまな元素を混ぜて合金を作り、利用してきた。元素の組み合わせや比率により多彩な性質が生まれるが、組み合わせる方法が分からず、精密な原子のレベルでまだ実現していないものも多いという。こうした中、貴金属の8元素全てを使って合金を作ることに成功したと京都大学、信州大学などの研究グループが発表した。物質の性質を大きく左右する電子の詳しい状態も調べた。各元素がバラバラの時とは性質が一変しており、この成果を手掛かりに、化学反応を促す優れた触媒が生まれるかもしれない。

スパイスを自由自在に 化学者の夢

貴金属8元素合金の概念図(京都大学提供)

 「僕ら化学者の夢ですよ、原子を自由自在に混ぜるのは。まるでインドのトップシェフがスパイスを鼻と舌を利かせて使い分け、100人のお客さんそれぞれの一番好きなカレーを作るように。化学の世界でそれをやりたいのです」。こう熱弁するのは、京都大学大学院理学研究科の北川宏教授(固体物性化学)だ。

 かつて人類が銅とスズの合金である青銅を使い始めたことが、化学の始まりだという。「それから5000年も経つのに、人類は未だに7割以上の金属を原子レベルで混ぜられていません。好きな金属を好きな割合で混ぜられるのだろうか。もし全118元素を混ぜたらどうなるのだろうか。研究を始めたのはこんな夢からでした」

 北川教授は九州大学教授だった15年ほど前、混ざらないとされていた貴金属のロジウムと銀の合金を作り、元素の周期表で両者に挟まれたパラジウムの性質を持たせられないかと考えた。資料に当たって「無理です」という教え子を「一緒に考えよう」と口説いて実験に挑んだ。

 なお合金は見かけ上、一つの塊になっていても、原子レベルで見ると互いに分離した状態のものを指すことが、しばしばある。これに対し、北川教授の研究グループが一連の研究で目指しているのは原子レベルで混ざった状態のものだ。

体育館で「止まれ」の手法

 3年かがりで独自に編み出したのは、イオンや還元剤の性質を巧みに利用した手法。ロジウムと銀を水に溶かしてイオンの状態にし、200度に熱した還元剤のトリエチレングリコールに噴霧する。すると、トリエチレングリコールから電子を与えられたロジウムイオンと銀イオンが原子に還元される。さらにこれを急速に冷やすと、ロジウムと銀は分離せず、原子レベルで混ざった奇麗な合金に仕上がった。

 急速冷却の必要性について北川教授はこう説く。「例えるなら、体育館の子供たち。男の子と女の子を50人ずつ自由に走り回らせ、『止まれ』の号令でただちに抱きつかせる。すると男女構わずランダムに抱きつく。ここでもし考える余裕を与えたら、恥ずかしがって、男の子は男の子、女の子は女の子で群がって、分離してしまうでしょう。このように、ロジウムと銀に“考える隙”を与えず一気に反応させるのです」。こうしてできあがった人工パラジウムを2010年に発表すると、大きな注目を集めた。

貴金属と白金族(数字は原子番号)

 元素の周期表で、パラジウムはロジウムと銀に挟まれている。パラジウムは水素を吸収するが、両隣にあるロジウムと銀にその性質はない。ところが両者を原子レベルで混ぜて合金を作ると性質が一変し、水素を吸収したという。

 原子の性質を基本的に左右するのは、電子の数。周期表で横に隣り合う元素の電子数は、互いに1個違う。そこで、2種類の元素を混ぜて合金にし、両者の平均を取るような電子の状態にして、間にある元素の性質に近づけた格好だ。

駄目なものを混ぜた方が良い

 味を占めた北川教授の研究グループは2014年、ルテニウムとパラジウムから本物より安価で高性能の人工ロジウムを合成。20年には、人類にとって利用価値の高い白金族を全て使った合成に成功した。ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金の6元素だ。

 さらに「原子レベルで混ぜると、全く違う性質になる。ならば貴金属全てを原子レベルで混ぜたら『スーパー貴金属』ができるのでは」と考えた。貴金属は一般に、白金族に金と銀を加えた8元素。これらの合金の合成を成し遂げた。多種の元素でできた合金の性質は、各元素の元の性質の単純な足し合わせでは語れないとみて、特に電子の状態にも着目した。

 出来上がった貴金属8元素合金は予感通り「スーパー貴金属」だった。例え話が豊富な北川教授はこれを「秀才5人に鈍才3人が混じったら、秀才5人の時の能力を越してしまった」と表現する。どういうことだろう。

 研究グループは貴金属のうち、水を電気分解して水素を発生させる「秀才」の触媒であるルテニウム、ロジウム、パラジウム、イリジウム、白金の5元素を混ぜた合金も作成し、やはり優れた働きを示すことを確認していた。これに対し、残りの貴金属3元素、オスミウムと金、銀は、単独では水素発生の役に立たない「鈍才」だ。ところが、秀才5元素に鈍才3元素を加えた貴金属8元素合金は、水素発生で秀才5元素合金の4倍以上という、圧倒的に高い活性を示したのだ。

水素発生の触媒の「秀才」5元素に「鈍才」3元素を加えた貴金属8元素合金は、5元素合金よりはるかに高い活性を示した。縦軸は触媒としての性能、左グラフの横軸は触媒にかけた電圧(京都大学提供)

 多くの元素が原子レベルで混ざったことで、元の元素の電子状態が大きく変わり、原子が“生まれ変わった”と研究グループはみている。「駄目なものを混ぜた方が良いって、こんな面白い話はないでしょう」と北川教授。

 貴金属8元素合金の結晶構造や電子の状態を、原子レベルの分析ができる電子顕微鏡や大型放射光施設「SPring-8」(兵庫県佐用町)、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピューターで調べた。すると、8元素の各原子は互いに混ざり合うことで、元々の電子状態が大きく変わって全く新しい性質を持ち、まるで別の原子のようになっていることを突き止めた。

貴金属8元素合金の中では、同じ元素でも場所により電子の状態が全く異なることが分かった(京都大学提供)

 研究グループは京都大学、信州大学、九州大学、高輝度光科学研究センターなどで構成。成果は「米国化学会誌」の電子版に2月16日に掲載された。研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会科学研究費助成事業、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受けている。

創造は妄想から

 台湾国立清華大学の理論研究者、葉均蔚教授は2004年、5種類以上の元素が原子レベルでおよそ等しい比率で混ざり、主役となる元素が不在の「ハイエントロピー合金」の概念を提唱した。各元素が個性を主張する“ごちゃ混ぜ合金”が、従来の合金をしのぐ耐久性や触媒作用を持つと期待されている。ただ元素が多く複雑で、詳しい解明はこれからだという。こうした中、貴金属8元素を合成し電子の状態も確認した今回の成果は、ハイエントロピー合金の可能性を研ぎ澄ませたものともいえる。

 「世の中に存在しないものを作りたいという思いが、まずある。その上で、この基礎研究が社会に役立てば、こんなハッピーなことはない」と北川教授。中世の錬金術は卑金属から貴金属を作ろうと試みて失敗したが、安価な物質を基に、高価な物質が持つ機能を生み出す“現代の錬金術”が、科学的根拠をもって今度は実るかもしれない。

 人類の課題解決に大きく貢献する触媒も出てくるか。例えば、低温で高い活性を示す排ガス浄化触媒や、高分子を分解して海洋プラスチックごみの削減に役立つ触媒、多段階で行ってきた反応を1段階で行う省エネルギーの触媒――などと夢は広がる。

 化学の常識を覆し、複雑な合金を合成してきた研究グループ。北川教授は「創造は『あんなものがあったら』『こんなことができたら』という妄想から生まれます。今の日本人、特に若い人も含め研究者は想像力のない常識人になり、突拍子もないことを考えなくなっています。偽科学はいけませんが。教科書の知識を身につけることは必要ですが、年齢につれて失いがちな科学少年の想像力も大事にしたいものです」と語る。

 人類はまだまだ、元素の持つ性質を味わい尽くしてはいない。北川教授の話を聞くうち、高校時代に難敵だった元素の周期表が、レストランのメニューのように見えてきた。

電子顕微鏡で元素ごとに見た貴金属8元素合金。8元素全てが各粒子に均一に存在している(京都大学提供)

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