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政府、産業競争力の向上目指す「AI戦略2022」策定 量子コンピューター活用の新ビジョンも

2022.05.10

 政府の統合イノベーション戦略推進会議(議長・松野博一官房長官)が、「人間尊重」「多様性」「持続可能」の3つの理念のもと、人工知能(AI)を活用して日本の社会課題の克服や産業競争力の向上を目指す「AI戦略2022」を策定した。同会議は同時に、超高速計算が可能な量子コンピューター技術などの量子技術を社会・経済システムに取り込んで活用する「量子未来社会ビジョン」もまとめた。松野官房長官は会議が開かれた4月22日、「今後、量子、AI分野の新戦略の具体化を進めるとともに、教育未来創造会議とも連携し、イノベーションを担う人材の育成等を進めていく」などと述べた。

統合イノベーション戦略推進会議が開かれた4月22日の閣議後記者会見で「AI戦略2022」について述べる松野博一官房長官(首相官邸/内閣広報室)
統合イノベーション戦略推進会議が開かれた4月22日の閣議後記者会見で「AI戦略2022」について述べる松野博一官房長官(首相官邸/内閣広報室)

 「AI戦略2022」は「差し迫った危機への対処」と「社会実装の推進」を2大目標に掲げた。「差し迫った危機への対処」では「災害大国の日本は国家危機に対応する基盤づくりが重要な課題」と明記した。具体的な取り組みを例示した「概要」は、「高精度リモートセンシングデータの収集・分析・配信技術の開発」「気象、地震動、洪水・土砂災害の予測システムなどの構築に向けた研究開発の推進」「AI活用による船舶交通の安全確保と海上輸送の効率化を目指したシステムの構築」「人と共に進化する説明可能なAIシステムの研究開発」などを担当省庁とともに列挙している。

 「社会実装の推進」では、大きな利益の創出につなげるために企業による実装を念頭にディープラーニング(深層学習)を重要分野と位置付けた。同様に「概要」は、具体的取り組み例として「説明可能AIによるセキュリティ技術確立に向けた研究開発の推進」「AI技術の材料科学分野での活用のための研究開発の推進」「保健医療・介護分野の公的データベースのAI開発の有用性検討」「AIを活用した医療機器の開発・研究における患者データ利用の環境整備」などを挙げている。

 「AI戦略2022」はこの2つの大目標のほか、「教育改革」や「研究開発体制の再構築」などを実施して日本のAI技術力を支える人材を育て、人材育成を競争力の源泉とすることも重要な目標としている。またAIは応用範囲が広いことから量子、バイオなどの関連技術の戦略的取り組みとのシナジー(相乗効果)を追求すべき、と指摘した。

 政府は2019年6月にAI戦略を策定。21年6月に改訂し、今回は新型コロナウイルス感染症と、地震や火山活動を引き起こす地殻変動などによるリスクを反映させて大幅に改訂した。

「AI戦略2022の概要」の表紙(11ページ、本編は40ページ)(内閣府・科学技術・イノベーション推進事務局/統合イノベーション戦略推進会議 提供)
「AI戦略2022の概要」の表紙(11ページ、本編は40ページ)(内閣府・科学技術・イノベーション推進事務局/統合イノベーション戦略推進会議 提供)

 統合イノベーション戦略推進会議は「AI戦略2022」に合わせて「量子未来社会ビジョン」もまとめて公表した。量子コンピューター技術に代表される量子技術は効率的な創薬研究、盗聴不可能な通信技術ほか、広い分野への応用が期待されている。同ビジョンは、量子技術を「経済安全保障上でも極めて重要な技術」と位置付け、大目標として「量子技術による社会変革」を打ち出している。

 そして、2030年に目指す状況として、量子コンピューターの開発と利用環境を整備して「国内の量子技術の利用者を1000万人にする」ことや、「量子技術による生産額を50兆円規模にする」ことを掲げた。さらに、量子コンピューター、量子暗号通信、量子計測・センシングの「量子主要3分野」で、突出した成長力を誇るベンチャー企業(量子ユニコーンベンチャー企業)を創出し、後発のベンチャー企業参入を活発化することも目指している。

量子技術活用の社会イメージ(統合イノベーション戦略推進会議提供/Designed by macrovector / Freepik)
量子技術活用の社会イメージ(統合イノベーション戦略推進会議提供/Designed by macrovector / Freepik)

 量子コンピューターはスーパーコンピューターでも長い時間がかかる計算を短時間で終えることが可能になる次世代コンピューター。本格的な運用のためにはまだ多くの技術的な課題が残っており、国際的な開発競争は米国や中国を中心に世界で加速している。こうした現状を考慮し、「量子未来社会ビジョン」では、人材の育成や産業競争力の強化を進める研究拠点の体制を整備することにした。

 昨年2月に大阪大学・量子ソフトウェア研究拠点、東京大学・企業連合、情報通信研究機構、物質・材料研究機構、理化学研究所、産業技術総合研究所、量子科学技術研究開発機構、東京工業大学の8組織が研究拠点に指定され、研究開発や国際連携、産学官連携、人材育成などの取り組みを推進している。

 今回のビジョンでは本部機能を理研が担うことになり、新たに「グローバル産業支援拠点」に産総研が、「量子機能創製拠点」に量研機構が、「量子ソリューション拠点」に東北大学が、「国際教育研究拠点」に沖縄科学技術大学院大学が、それぞれ指定された。東北大学と沖縄科学技術大学院大学は新拠点で拠点は合計10組織となった。

 国内の量子技術開発については、東京大学とIBMが昨年7月に商用では国内初となる量子コンピューターを「かわさき新産業創造センター」(川崎市)に設置し、運用を始めたと発表している。同大学が運用の権利を持ち、技術開発や人材育成などに利用。共同研究のために金融、化学、自動車などの分野の企業が参加している。

 このほか、理研が昨年4月に「量子コンピュータ研究センター」を開設するなど、国内での研究開発が加速している。

2021年7月、「かわさき新産業創造センター」(川崎市)に設置された量子コンピューター「IBM Quantum System One」(IBM/東京大学提供)
2021年7月、「かわさき新産業創造センター」(川崎市)に設置された量子コンピューター「IBM Quantum System One」(IBM/東京大学提供)

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