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未来社会像「Society5.0」の実現に向けて 科技イノベ白書を公表

2021.06.08

 「Society(ソサエティー)5.0の実現に向けて」と題した令和3年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が8日に閣議決定した。未来社会像であるSociety5.0の最新の考え方や、実現に向けた動向を解説。デジタル化や脱炭素化、文理融合による「総合知」構築、基礎研究力の強化、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応などの課題や施策を説明した。昨年6月に科学技術基本法を改正し、科学技術・イノベーション基本法に改名したことを受け、タイトルを昨年までの科学技術白書から改めた。

大型イラストでイメージを紹介

 Society5.0は仮想と現実の空間が高度に融合した人間中心の社会として2016年、第5期科学技術基本計画で提唱した。今年3月に閣議決定した第6期科学技術・イノベーション基本計画ではより具体的に「直面する脅威や先の見えない不確実な状況に対し、持続可能性と強靱(きょうじん)性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人一人が多様な幸せ(ウェルビーイング)を実現できる社会」としている。

 これを受け白書は冒頭、Society5.0のイメージを大型イラストで紹介。科学技術の成果を受け、人々が生き生きと暮らす姿を描写した。本文は2部構成で、第1部はSociety5.0の必要性や実現のために必要な取り組みをまとめた。

 科学者の知的好奇心による知の開拓は「成果が実用化に直ちに結びつくか否かを問わず、大変重要な取り組み」とした。また科学技術・イノベーション政策は「まず望ましい未来像を描き、その下で展開していくことが必要」と提起した。

巻頭の「Society5.0」の大型イラスト(文部科学省提供)
巻頭の「Society5.0」の大型イラスト(文部科学省提供)

スパコン、AI、量子技術…未来を支える基盤技術

 第1章では仮想と現実の空間を融合する基盤技術を例示。スーパーコンピューター「京」や後継機「富岳」の意義や成果、AI(人工知能)技術、超高速計算を行う量子コンピューター、データの安全な活用に役立つ量子暗号・通信技術の現状や展望を示した。

 身体の機能を機械が代替、支援する技術や自動運転に触れたほか、小惑星を探査し昨年12月に帰還した「はやぶさ2」の超遠隔操作や自律制御の技術について「人間が立ち入れない危険な環境でのロボット技術に活用し得る」とした。

 政府は昨年10月、二酸化炭素など温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「脱炭素社会」を2050年までに実現すると宣言。白書では、これを経済成長と両立して実現する戦略や、国際連携による観測、国際熱核融合実験炉(ITER)計画、次世代蓄電池、二酸化炭素の貯留や利用などの研究開発の動向を紹介した。防災・減災では、AIやシミュレーションによる地震、気象災害の予測向上のほか、古文書を活用した研究に触れた。

若者が諦めず研究に取り組める環境を

 第2章では、人文・社会科学と自然科学の融合による総合知の必要性を解説。高齢化や感染症、あらゆる人が支え合う「インクルーシブ(包摂的)社会」実現といった複雑な課題に対し、総合知が必要だとした。仮想と現実の空間が融合する中で人権侵害などが起こらないよう、社会問題を的確に認知する必要がある。自動運転で起こる事故の責任の所在のように、技術が普及して生じるELSI(倫理的・法的・社会的課題)への対応の必要も明記した。

 総合知による取り組みの事例として、認知症患者が芸術家らと活動することや、医療・教育・社会現場をまたいだ発達障害者支援、文化財の保存や公開、再生を支える「クローン文化財」、指1本で弾くと伴奏がつきペダルが動くピアノなどを紹介した。

 第3章では基礎研究力を取り上げた。わが国は今世紀に入り、自然科学系ノーベル賞受賞者数で世界2位だが、現在の研究力を反映してはいない。注目度の高い論文数は20年前の4位から9位に転落し地位が低下した。理由を考察した上で、研究力強化のため、若者が経済的不安などから進学を諦めず、野心的研究に取り組めるようにする必要があるとした。新たな施策として、10兆円規模の大学ファンドの創設や博士課程学生の処遇向上、若手研究者の挑戦を支える事業を紹介した。

歴史に学び、将来の感染症に備えた体制づくり

 第4章ではコロナ禍への対応を概説。感染症研究に日本人が貢献してきたことに触れ、「今後も新たな感染症が発生する可能性は極めて高く、体制づくりが必要。今回の検証とともに、歴史を学ぶことが貴重な教訓になる」とした。

 政府は昨年度までに総額1930億円を拠出し、治療法やワクチン、医療機器の研究開発などを支援。産学連携により、組み換えタンパクワクチン、DNAワクチン、mRNAワクチンなどの開発を支援してきたことを記した。

 コロナ禍で多分野の研究者が移動を制限され、実験やフィールド調査などが制約を受けている。これを受けロボットによる実験や仮想空間での実験など、新たなスタイルを構築する必要を指摘した。

 コロナへの理解を広める取り組みの例として、日本科学未来館(東京都江東区)による子どもにも分かりやすいネットの特設ページや、科学技術振興機構(JST)による科学技術ニュースサイト「サイエンスポータル」の特集ページを取り上げた。

未来予測、実現時期変わるとの見方

令和3年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)
令和3年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)

 昨年の白書で特集した未来予測は、文部科学省科学技術・学術政策研究所が2019年11月にまとめた調査を基にした。その後のコロナ禍の影響を考えるため同研究所が昨年秋、専門家約2000人にアンケート。その結果、仕事や働き方に関する技術、健康危機管理に関する技術の実現が早まると予測された。これらはSociety 5.0とも方向性が一致。一方、宇宙や深海の探査や開発、エネルギー変換の技術は遅れるとの予測も。白書は「感染症の研究現場への影響を最小限にする取り組みを」と指摘した。

 第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーション創出の振興策をまとめている。

 白書の各章には学校のICT(情報通信技術)環境の整備に取り組む「GIGA(ギガ)スクール構想の実現」、食糧問題を考える「昆虫が世界を救う!?」など、注目したい活動や成果を紹介するコラムを盛り込んだ。イラスト、写真やQRコードを随所に盛り込み「大人から子どもまで、親しみやすい白書」(文部科学省)を目指した。

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