宇宙の無重力環境では免疫機能発現の場であるリンパ器官の「胸腺」が萎縮することを理化学研究所(理研)などの研究グループが明らかにした。これまで宇宙では免疫力が低下することが知られていたが、詳しいメカニズムは不明だった。研究グループはその萎縮が人工的な重力負荷で軽減されることも明らかにしており、研究はやがて訪れる宇宙旅行など長期宇宙滞在の時代の健康管理に役立ちそうだ。研究成果は英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」電子版に掲載された。
研究グループは理研生命医科学研究センター免疫恒常性研究チームの秋山泰身チームリーダー、粘膜システム研究チームの大野博司チームリーダー、筑波大学医学医療系解剖学・発生学研究室の高橋智教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門きぼう利用センターの白川正輝グループ長、東京大学医科学研究所癌・細胞増殖部門分子発癌分野の井上純一郎教授らがメンバー。
研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」内にマウスを飼育する設備を設置。この設備でマウスを35日間飼育し、無重力環境が免疫応答で重要な働きをする胸腺にどのような影響を与えるかを調べる実験を行った。飼育設備にはケージを回転することにより地上と同じ重力を再現する(人工1G)ができる装置も用意した。
これまでの研究から、宇宙に一定期間滞在した宇宙飛行士の血液では胸腺で発生したリンパ球の数が減少することなどが分かっていた。このため研究グループは胸腺に着目。無重力環境に置いたマウスと人工1Gの環境に置いたマウスをそれぞれ35日間飼育し、地上に帰還後に胸腺を採取。同時に地上で飼育したマウスからも胸腺を採取した。
研究グループがそれぞれのマウスの胸腺の重さを比較したところ、無重力飼育マウスの胸腺の重さは地上飼育マウスより体重比換算で有意に減少していた。また人工1G飼育マウスの胸腺の重さは地上飼育マウスより減っていたものの、無重力飼育マウスほどは減少していなかった。このことから、宇宙環境の影響により胸腺は萎縮するが、人工的に1Gを与える環境を作ると萎縮を軽減できることが明らかになった。
このほか秋山泰身チームリーダーらは、実験対象のマウスの遺伝子を調べる研究から、胸腺が無重力環境で萎縮するのは胸腺の細胞増殖に関わる遺伝子が減少するためであることなども明らかにした。
そう遠くない将来、月や火星への有人探査のほか、民間による宇宙旅行なども実現するとみられている。その際は、宇宙放射線のほか、無重力環境下での免疫力機能の低下による人体への影響が懸念されていた。研究グループは、今回の研究成果が、長期宇宙滞在時代の健康管理に貢献できると期待している。
関連リンク
- 理化学研究所プレスリリース「宇宙滞在による免疫機能低下の機構を解明—無重力環境が引き起こす胸腺の萎縮と人工重力による軽減—」