神経難病「多発性硬化症」の患者は腸内細菌の中のクロストリジウム属細菌が著しく少ないことが、国立精神・神経医療研究センターなどの研究者たちによって突き止められた。人間の腸管の粘膜面には数百種類の腸内細菌が生息している。この腸内細菌群の異常を是正することで、多発性硬化症の予後改善や発症予防が期待できる、と研究者たちは言っている。
多発性硬化症は自己免疫疾患の一つ。脳や脊髄、視神経に繰り返し炎症性の病変が生じる慢性疾患で、過去30年間で患者数が約1,000人から20,000人近くまで増加している。国立精神・神経医療研究センターの山村隆(やまむら たかし)神経研究所免疫研究部部長は、日本人の食生活の変化などが腸内細菌に影響を及ぼし、発症しやすくなったのではないかという仮説を立て、多発性硬化症患者の腸内細菌群を構成する菌についての研究を進めている。
東京大学の服部正平(はっとり まさひら)教授、麻布大学の森田英利(もりた ひでとし)教授、順天堂大学の三宅幸子(みやけ さちこ)教授との共同研究で、国立精神・神経医療研究センター病院に通院中の20人の患者のふん便を調べた結果、数百種生息している腸内細菌のうち、特にクロストリジウム属細菌の数が健常者に比べ著しく少ないことを突き止めた。クロストリジウム属細菌以外にも、健常者と比較して少ない細菌が18種、逆に多い細菌が2種あることも分かった。
さまざまな自己免疫疾患の発症ならびに病態に腸内細菌群が関与する可能性は、近年、研究者たちの関心事となっている。山村氏自身、これまで抗生物質を投与して腸内細菌群を変化させるだけで脳脊髄の炎症が軽症化することを、多発性硬化症の動物モデルで確かめている。
多発性硬化症の症状は、中枢神経内の発生場所の違いにより、運動まひ、感覚まひ、視力障害などさまざま。最も一般的な経過は、再発と寛解を繰り返す再発寛解型で始まり、発症後5-20年を経て、再発はないものの神経障害が徐々に進行していく。現在、再発を抑制し予後を改善する免疫治療は数種類あるが、進行を抑制する治療は確立していない。
視神経脊髄炎など多発性硬化症と類縁の自己免疫疾患との比較研究を進めることで、自己免疫病態と腸内細菌群関係についての理解が深まれば、病態解明や診断、治療の開発に結び付く可能性が考えられる、と研究チームはみている。
関連リンク
- 国立精神・神経医療研究センタープレスリリース「神経難病『多発性硬化症』の腸内細菌の異常を世界で初めて報告〜再発寛解型の患者20名の腸内細菌のデータ解析から〜」