昆虫の幼虫から成虫への変態を制御する新しい仕組みを、基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の大原裕也(おおはら ゆうや)研究員と小林悟(こばやし さとる)教授、静岡県立大学の小林公子(こばやし きみこ)教授らがショウジョウバエで確認した。昆虫の変態への理解を深めるだけでなく、ヒトなどの発育の研究にも新しい手がかりとなる発見といえる。筑波大学の丹羽隆介(にわ りゅうすけ)准教授、岡山大学の上田均(うえだ ひとし)教授らとの共同研究で、1月20日付の米科学アカデミー紀要オンライン版に発表した。
動物は幼若期から成体期へと発育・性成熟する。多くの動物の発育・性成熟はステロイドホルモンで制御される。ショウジョウバエなどの昆虫は、ステロイドホルモンの一種のエクジソンの働きで幼虫から蛹(サナギ)を経て成虫へと変態する。エクジソンは前胸腺で産生されて全身に作用し、幼虫組織の消失、成虫組織の構築を引き起こす。このエクジソンの産生は、脳から分泌される前胸腺刺激ホルモンPTTHとインスリン様ペプチドIlpsとその受容体で促される。これらと異なる受容体が前胸腺でエクジソン産生を活性化することがカイコの研究などから予想されていたが、その実体は謎だった。
研究グループは、前胸腺で見つけた新しい受容体のOctβ3Rの機能をショウジョウバエの遺伝子操作で詳しく解析した。Octβ3Rの機能を抑制したところ、その個体はエクジソンの産生が活性化せず、蛹へ移行できないことを確かめた。Octβ3Rはモノアミンの一種であるチラミンを受け取る受容体で、前胸腺でチラミンが産生されることも突き止めた。さらに、チラミンの産生を抑制した個体はエクジソンの産生が活性化せず、蛹に変態できなかった。また、Octβ3Rの機能を抑制した前胸腺でも、PTTHおよびIlpsが正常に機能せず、エクジソン産生が活性化しなかった。前胸腺がPTTHおよびIlpsに応答してエクジソンの産生を活性化するためには、チラミンとOctβ3Rの働きが必要であることを実証した。
変態は栄養などの環境に影響を大きく受ける。このため研究グループは、成長途中の幼虫の栄養がチラミンの機能に影響を及ぼすかどうか、を調べた。栄養に富む環境で飼育した場合、前胸腺はチラミンを分泌して、PTTHとIlpsに応答し、蛹へと変態する。一方、栄養が与えられず、成長が不十分となった幼虫は、チラミンの分泌とPTTH、Ilpsへの応答が起こらず、蛹に変態できないことがわかった。この結果から、「栄養摂取で幼虫が十分に成長すると、チラミンとOctβ3Rのはたらきにより前胸腺がPTTHおよびIlpsへ応答できるようになり、変態が引き起こされる」という制御の仕組みを提唱した。
大原裕也研究員は「前胸腺から作られるチラミンがOctβ3Rを介して前胸腺自身のエクジソンを産生するという変態の新しい制御を明らかにした。このようなチラミンの作用は栄養が十分かを判定するチェックポイントになっており、変態のタイミングを決めている。細胞集団が自ら分泌する物質で制御されるのはオートクライン作用と呼ばれ、細胞が短期間で効率よく反応するのに適している。このようなモノアミンとステロイドホルモンの関係がヒトなど他の動物にも存在する可能性はある。今後、その可能性を探りたい」と話している。
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