幼虫がもりもり食べ続けて成長してやがて美しいチョウになる物語を簡潔に描いた幼児向けのベストセラー絵本「はらぺこあおむし」を裏付けるような研究がなされた。成長に必要なステロイドホルモンの生合成を促す新しい仕組みを、筑波大学生命環境系の丹羽隆介(にわ りゅうすけ)准教授と島田裕子(しまだ ゆうこ)・日本学術振興会特別研究員がキイロショウジョウバエで見つけた。子どもから大人への成長に欠かせないステロイドホルモン生合成のタイミング調節に迫る発見といえる。12月15日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
ステロイドホルモンは、種を問わず、個体の発育や性的な成熟、恒常性維持に重要な役割を担い、特に子どもから大人への成長に際して適切なタイミングで生合成されることが重要である。しかし、その生合成のタイミングを調節する仕組みは謎がまだ多い。研究グループは、昆虫の主要なステロイドホルモンで、脱皮や変態の誘導に欠かせないエクジステロイド(脱皮ホルモン)の生合成の研究にこの10年間取り組んできた。
今回は、キイロショウジョウバエで、幼虫がサナギになるタイミングを調節する仕組みを探った。その幼虫は、摂取する栄養量に応じてサナギになるタイミングが変化し、ずっとはらぺこだとサナギになるのが大幅に遅れることが知られている。エクジステロイド生合成器官の前胸腺に分布する神経を詳細に調べたところ、摂食や睡眠などに関わる神経伝達物質のセロトニンを産生する神経が脳から軸索を伸ばして連絡していることを見いだした。
このセロトニン産生神経は非常に長く、複雑な形をしていて、検出が難しいため、これまで知られていなかった。研究グループは、その全形態を解明し、SE0PGと名付けた。SE0PGの細胞は、昆虫の脳神経系で摂食をつかさどる領域(摂食中枢)に近い位置にあることも突き止めた。興味深いことに、このSE0PGの神経突起(軸索)の形は幼虫の栄養状態によって変化した。富栄養条件の餌で幼虫を飼育すると、突起が前胸腺にきちんと伸びて連絡した。
これに対して、貧栄養条件の餌で飼育した場合は、神経の軸索が前胸腺生合成器官にほとんど届かなくなり、エクジステロイド生合成がずれ込み、幼虫がサナギになるタイミングが遅れた。実際にSE0PGの機能を抑制すると、エクジステロイド生合成遺伝子群の発現が減少し、体内のエクジステロイド生合成量が低下することを実証した。さらに、前胸腺でセロトニン受容体の機能を抑制した場合にも、エクジステロイド生合成阻害が起きた。
これまでのエクジステロイド生合成調節の研究では、脳から分泌される前胸腺刺激ホルモンやインスリンなどの神経ペプチドに関心が払われてきた。今回の発見は、神経伝達物質のセロトニンが前胸腺に作用するというステロイドホルモン生合成調節のまったく新しい経路を提示した。昆虫が環境に応じて発育を柔軟に変える仕組みの一端を明らかにした。
研究した島田裕子さんは「ステロイドホルモンは子どもから大人になるスイッチの役割を果たしているが、その調節の仕組みは謎だった。今回、神経細胞が伸びていってセロトニンを分泌して、タイミングを計っていることが初めてわかった。これは『はらぺこあおむし』の科学の物語ともいえる。哺乳類にも似た仕組みがあるのではないか。動物がどのように満腹状態を感知するのか、ステロイドホルモン生合成との関連で解明したい」と話している。
関連リンク
- 筑波大学 プレスリリース
- 科学技術振興機構 プレスリリース