乳がんは長い年月の休眠を経て、再発、転移する場合が少なくない。その長い休眠の仕組みの一端を、国立がん研究センター分子細胞治療研究分野の小野麻紀子研究員と落谷孝広(おちや たかひろ)分野長らが突き止めた。骨髄中の間葉系幹細胞が分泌する微小な小胞エクソソームが乳がん細胞の休眠状態を誘導しており、その休眠からの目覚めが再発や転移につながることを初めて明らかにした。乳がん治療後の診断などに手がかりを与える発見で、7月1日付の米科学誌Science Signalingオンライン版に発表した。同誌は表紙にイラストでこの成果を伝えた。
乳がんは、日本人女性のがん罹患数で最も多い。標準治療の確立が進んで、生存率の高いがんだが、手術後10年、20年と長い期間を経て再発、転移する場合が少なくないのが特徴の一つで、患者さんにとって不安となっている。この長い年月を経ての再発、転移は、がん細胞の発生の大元であるがん幹細胞が骨髄に移動し、増殖もせず、休眠状態になり、再び目覚めると考えられているが、その仕組みが謎だった。
研究グループは、骨髄中の間葉系幹細胞が分泌する直径100nm(1nmは10億分の1m)の小胞エクソソームによって一部の乳がん細胞が幹細胞のような性質を獲得し、休眠状態になることを確かめた。さらに、間葉系幹細胞由来のエクソソームに含まれる小さな核酸のマイクロRNAが、乳がん細胞へ受け渡されて、その遺伝子発現を変化させて、休眠状態を誘導する要因になっていることも見つけた。
また、国立がん研究センター中央病院の乳腺・腫瘍内科と共同で、手術で採取していた乳がん患者の骨髄を調べたところ、乳がん細胞と間葉系幹細胞が隣接して存在していた。骨髄中に潜伏するがん細胞は、原発巣の乳がん細胞と比べて、休眠状態を誘導するマイクロRNA量が増える傾向にあった。
研究グループの落谷孝広分野長は「われわれの研究によって、実際の乳がん患者の骨髄で、がん細胞が間葉系幹細胞由来のエクソソームを受け取って、休眠状態へ誘導されている可能性が強まった。休眠中のがん細胞には、従来の化学療法が効きにくいことが分かっている。この研究は、乳がんの再発や転移のモニタリングと、休眠状態のがん細胞に対する治療法開発など乳がん対策にも影響するだろう」と話している。