進行性の記憶障害を伴う認知症疾患「アルツハイマー病」について、実際の患者のiPS細胞(人工多能性幹細胞)を基に大脳の神経系細胞を作って調べたところ、同疾患に特徴的なタンパク質の細胞内蓄積が、64歳以下の若年発症タイプと、65歳以上の高齢発症タイプのどちらにも共通してみられることが、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の井上治久准教授や大学院生の近藤孝之さん、長崎大学薬学部の岩田修永教授などの共同研究で分かった。このタンパク質の蓄積により細胞死が起きやすくなったが、サバやイワシなどの魚類に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)などの適度な投与によって抑制することができたという。研究成果は米医学誌「セル・ステム・セル(Cell Stem Cell)」(オンライン版、21日)に発表された。
アルツハイマー病は、老年期認知症のうちで最も多い疾患で、その病理的な特徴として、脳内に「老人斑」と呼ばれるタンパク質の蓄積が見られる。老人斑の主成分は「アミロイドベータ(Aβ)」というタンパク質で、その過剰な蓄積がアルツハイマー病の発症に深く関わっていると考えられている。
研究チームは、アミロイドベータの基となる「アミロイド前駆体タンパク質」(APP)を作る遺伝子に変異のある若年発症タイプ(家族性)の患者2人と、家族歴のない(身内に同じ病歴者のいない)高齢発症タイプの孤発性患者2人、さらに比較(コントロール)として健常者3人の皮膚からiPS細胞を作り、大脳の神経系細胞に分化させて調べた。
その結果、APP遺伝子の特定部分に変異があると、アミロイドベータが「Aβオリゴマー」と呼ばれる集合体になって細胞内に蓄積し、正常にタンパク質が作られなくなる「小胞体ストレス」や、活性酸素によってDNAや細胞自身が傷つく「酸化ストレス」を引き起こして、細胞死を生じやすくすることが分かった。その対応として細胞内では、酸化ストレスに応答する遺伝子群の働きも増していた。
これらの細胞内ストレスは、アミロイドベータの合成を阻害する「βセクレターゼ阻害薬」を投与すると改善した。また、低濃度のドコサヘキサエン酸(DHA)を添加して培養すると、神経細胞での小胞体ストレスや酸化ストレスを減らし、細胞死も抑制することができたが、高濃度の場合は、逆に小胞体ストレスを増強した。さらに若年発症タイプだけでなく、家族歴のない高齢発症タイプの孤発性患者(1人)でも、APP遺伝子の変異やAβオリゴマー、細胞ストレスが見られ、低濃度DHAで細胞内ストレスを除去することができた。
これらのことは、DHAには適切な有効濃度が存在し、DHAによる処置が有効であるアルツハイマー病の集団と有効でない集団が存在する可能性を示すという。研究者らは「一見同じに見えるアルツハイマー病でも、背景にひそむ病態は多様であり、病態の特性に応じた治療戦略が必要である」と述べ、先制的な病態診断に基づいて適切な治療を行う「先制医療」の開発が今後の課題だとしている。
なお今回の研究は、次の機関の資金的支援を受けて行われた。
- 科学技術振興機構(JST) CREST
- JST山中iPS細胞特別プロジェクト
- 内閣府「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」
- 文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「シナプス病態」
- 厚生労働科学研究費補助金「iPS細胞を利用した創薬研究支援事業」
- 厚生労働科学研究費補助金・難治性疾患克服研究事業「疾患特異的iPS細胞を用いた難治性疾患の画期的診断・治療法の開発に関する研究」
- 厚生労働科学研究費補助金・障害者対策総合研究事業(神経・筋疾患分野)
- 臨床薬理研究振興財団研究基金