ニュース

放射線障害の予防治療に有効な細胞増殖因子

2012.09.05

 極めて高いレベルの放射線を浴びたマウスに注射するだけで生存率を向上させ、放射線障害の予防や治療にも効果がある新しい細胞増殖因子を、産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門シグナル分子研究グループの浅田眞弘主任研究員と今村亨研究グループ長、放射線医学総合研究所の中山文明主任研究員らの研究チームが作製した。6日から東北大学で開かれる日本放射線影響学会で発表する。

 放射線障害の治療薬としてはこれまで、甲状腺への放射性ヨウ素の蓄積を阻害するヨウ化カリウムや、白血球数の低下を防止して合併症を防ぐ「顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)」が知られている。米国では放射線療法に伴う口腔粘膜炎の治療薬として、「繊維芽細胞増殖因子」(FGF)ファミリーの一員である「パリフェルミン」(組み換えヒト角化細胞増殖因子〈FGF7〉)が承認されているが(日本では未承認)、上皮細胞だけに作用するなど用途が限定的で、因子そのものが不安定なために複数回の投与が必要なことから、より安定的で適用範囲の広い放射線障害の予防・治療薬の開発が求められている。

 研究チームは、FGFファミリーのうち、真皮細胞に特異的に作用する「塩基性繊維芽細胞増殖因子」(FGF2)と、広範な細胞に作用する「酸性繊維芽細胞増殖因子」(FGF1)に着目した。遺伝子操作によって、FGF1の一部のアミノ酸配列をFGF2のアミノ酸配列に置き換えた新しい細胞増殖因子「FGFC」を作製した。FGFCは広範な細胞に作用し、増殖のためにヘパリン(血液の抗凝固作用を持つ多糖類)を必要とせず、耐酸性やタンパク質分解酵素に対する抵抗性など、従来のFGFにはない特性をもつことが分かった。

 FGFCの放射線障害に対する治療効果を検証するため、8匹のマウス(生後8週齢)に吸収線量6グレイ※の強さのエックス線を全身照射し、2時間後に腹腔内にFGFC(30マイクログラム)を注射した。その結果、20日後に6匹が生き残ったが、注射しなかったマウスは8匹のうち2匹だけだった。予防効果をみるため、6グレイのエックス線照射の24時間前にFGFC(30マイクログラム)を注射したところ、照射後30日までの生存率は、FGFCを注射したマウス群は100%だったが、FGFCを注射しなかったマウス群は62%だった。

 放射線被ばくによって腸管や骨髄などの細胞は障害を受けるが、FGFCはこれらの細胞の生存や増殖を積極的に促す作用をもつとみられ、重大な放射線被ばく事故だけでなく、がんの放射線療法による副作用の予防や治療などにも役立つものと期待される。

 なお、今回の実験は、産総研動物実験委員会の審査・承認を経て、動物実験・実験動物取扱ガイドラインに準拠して行ったという。

 ※グレイ(吸収線量、Gy)は物質が放射線によって受けるエネルギーの単位で、線量当量(シーベルト、Sv)は生体が受ける放射線の影響の単位。Gy値は同じでも、放射線の種類、生体の部位・組織によってSv値は異なってくる。今回のエックス線実験の場合はGy=Svとして換算される。6Gyは6Sv=6,000ミリシーベルト(mSv)。人が放射線を1度に浴びたときの死亡率は4,000mSvで50%、7,000mSvで99%とも言われる。

関連記事

ページトップへ