心筋梗塞のモデルマウスの心臓に遺伝子を直接注入することで、梗塞部位の線維芽細胞を心筋細胞に転換することに、慶應義塾大学医学部の家田真樹特任講師、稲川浩平助教、福田恵一教授らの研究グループが成功した。iPS細胞(人工多能性幹細胞)によらずに、心筋以外の細胞から生体内で心筋細胞を作製する新しい心臓再生法として注目される。研究成果は、米国の医学誌「サーキュレーション・リサーチ(Circulation Research)」(オンライン版)に29日公開された。
心筋梗塞などで心筋細胞が壊死(えし)すると、心臓内にある線維芽細胞が増殖して線維化し、置き換わる。しかし、これらの線維性組織は拍動できないため、心機能の低下や不整脈の発生などは免れない。そのため、心臓再生の方法としてES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞によって心筋細胞を作製し、心臓に移植する方法が考えられているが、目的外の細胞も作製されることや、拍動している心臓への生着の課題などがあって、いまだに実現していない。
家田特任講師らは2010年に、心筋細胞を誘導する遺伝子として3つの遺伝子(Gata4、Mef2c、Tbx5)を見つけ、この3遺伝子を培養皿上のマウスの線維芽細胞に同時に導入することで、iPS細胞を経ることなく直接、心筋細胞に転換できることを見いだした。今回は生体内での心筋細胞の作製を試み、3遺伝子それぞれを線維芽細胞の核内に運んでくれるウイルスベクター液(計0.03ミリリットル〈ml〉)を、マウスの心筋梗塞の患部に直接注射した。その結果、梗塞部位の線維芽細胞のうち1週後に約3%の細胞で心筋遺伝子が誘導され、2週後に1%の細胞で心筋タンパク質の発現が見られた。心筋の成熟を表す横紋構造は、心筋タンパク質を発現した細胞の15%に見られた。
さらに新生心筋細胞の成熟度を改善するため、3遺伝子を同時に運んでくれる「ポリシストロニック・ウイルスベクター」を開発し、このウイルスベクター液0.03mlを心筋梗塞患部に注射したところ、心筋タンパク質を発現した新生心筋細胞のうち30%で横紋構造を確認でき、3遺伝子を別々のウイルスベクターで導入した場合と比較して、成熟心筋の誘導効率を2倍に改善することができたという。
今回開発した心筋細胞直接誘導法には、遺伝子導入や心筋誘導の効率の改善、ヒトへの安全性の問題などがあるが、新しい心臓再生医療の実現につながるものと期待され、他の臓器の再生にも応用できる可能性があるという。
研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・チーム型研究(CREST)「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」の一環「直接リプログラミングによる心筋細胞誘導の確立と臨床への応用」として行われた。さらに日本学術振興会による科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究)や万有生命科学振興国際交流財団、上原記念生命科学財団、先進医薬研究振興財団からの資金的支援を受けた。