味覚の“苦さ”を感じるのは「苦味受容体遺伝子」が働くからで、それが働かないと苦さを感じずに平気で食べることができる。このような遺伝的な背景が、アフリカに生息するチンパンジーの食文化にも影響している可能性が、京都大学霊長類研究所の平井啓久(ひろひさ)教授や今井啓雄(ひろお)准教授などの研究で示された。人間の世界で異なる食文化の解明の鍵にもなりそうだという。
研究グループによると、アフリカの熱帯地域に4亜種のチンパンジー(ヒガシ〈東〉チンパンジー、チュウオウ〈中央〉チンパンジー、ナイジェリア-カメルーン・チンパンジー、ニシ〈西〉チンパンジー)が生息する。このうち、タンザニアなどのアフリカ東部に生息するヒガシチンパンジーだけが、強い苦味のあるキク科植物「ベルノニア」の茎を食べる。その苦味成分には寄生虫を殺す作用があることから、体調を崩したチンパンジーが“薬”として食べているものと考えられている。
こうしたチンパンジーの食の格差に「遺伝子の差が関係しているのではないか」と研究グループは着目し、日本国内の主な動物園で飼育されている4亜種59頭のチンパンジーの遺伝子を調べた。その結果、いくつかある苦味受容体遺伝子のうち「TAS2R46」という遺伝子はヒガシチンパンジーの約1割で機能せず、他の3亜種は機能していた。また、アブラナ科の野菜やミカン科の果物に含まれる苦味を認識する「TAS2R38」という苦味受容体遺伝子は、ニシチンパンジーの半数以上で機能していなかった。
実際の野生のチンパンジーが食べている物との具体的な関係は分かっていないが、チンパンジーが異なる苦味感覚で、アフリカの異なる食物環境に適応している可能性を示す。チンパンジーの苦味感覚の地域差が、採食行動や食文化にどのような影響をもたらしているのかを、今後の研究で解明したいという。
研究の成果は、科学研究費補助金や鈴木謙三記念医科学応用研究財団助成金、武田科学振興財団生命科学研究奨励、グローバルCOE A06によって得られた。論文は、米オンライン科学誌「プロスワン(PLOS ONE)」に掲載された。