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伏見康治氏死去

2008.05.09

 日本学術会議会長や参議院議員などを務め、日本の学界で長年指導的な立場にあった物理学者の伏見康治 氏が8日夜、横浜市内の病院で老衰のため亡くなった。98歳だった。

 通夜は12日午後6時、告別式は13日午前11時半から、横浜市港北区菊名2-1-5 妙蓮寺斎場・第一斎場で行われる。喪主は長女、康子さん。

 伏見氏は、1933年東京帝国大学理学部物理学科卒業、大阪大学教授、名古屋大学教授、名古屋大学プラズマ研究所長などを歴任し、77年から82年まで日本学術会議会長を務めた。83年から89年参議院議員。大阪大学名誉教授。名古屋大学名誉教授。

 太平洋戦争後、原子力に対する否定的な考えが学界に強い時期に独自に原子力の研究を進める必要を訴え、同時に平和利用研究に限る条件として「自主、民主、公開」の三原則を起草、茅誠司氏とともに提唱した。

 日本学術会議会長時代は、科学者の国際交流の重要性を訴え、ソ連との科学者交流にも力を注いだ。世界平和アピール七人委員会の中心メンバーとして平和運動にも長年取り組んだことでも知られる。

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