ニュース

東京・池袋発の手作り望遠鏡が、1500万キロメートルのかなたから地球の水素コロナを撮った

2017.12.19

 ハワイにあるマウナケア山の頂上まで登ったことがある。標高は約4200メートル。国立天文台の望遠鏡「すばる」の建設地だ。とにかく、息が切れる。仲間に遅れまいと小走りに進むと、それだけで息が苦しくなる。空気が薄いのだ。

 地球の大気は、地球の中心に向かって重力で引きつけられている。地表では、その上にある空気の重みがすべてかかっているので、気圧が高い。高度が増すほど気圧は下がり、空気は薄くなる。徐々に薄くなっていくので、地球の大気と宇宙との間に境目はない。高度100キロメートルの「カーマン・ライン」が便宜的に境目とされることもあるが、かつて米航空宇宙局のスペースシャトルが宇宙から地球に帰還するときは、高度120キロメートルから下を大気圏とみなしていた。

 地表付近の大気は、8割の窒素と2割の酸素が主成分だ。この割合は高度80キロメートルくらいまでほとんど変わらないが、その上の「熱圏」「外気圏」になると、気体の分子が分かれて原子になったり、さらに電気を帯びたイオンになったりして様相が変わる。太陽から来る紫外線などの影響を強く受けるからだ。もっとも遠くまで広がっている気体は、最軽量の水素だ。ここまで来ると、もう水素はかぎりなく薄まっていて、ほとんど真空といってよいほどだ。この水素の広がりを「水素コロナ」という。

 では、地球の水素コロナは、いったいどこまで広がっているのか。立教大学(東京都豊島区西池袋)の亀田真吾(かめだ しんご)准教授らの研究グループがこのほど発表した論文によると、水素が出す特殊な光「ライマン・アルファ線」は、すくなくとも24万キロメートルのかなたまで確認できるらしい。真空の闇を飛んでいるように思える国際宇宙ステーションの高度は約400キロメートルだから、この水素の広がりに比べると、まったくの序の口。上空に静止している気象衛星の高度でも、まだ3万6000キロメートルだ。地球から月までの距離は38万キロメートルなので、すくなくともその6割の距離までは地球発の水素があることになる。まさに宇宙的な広がりだ。

 この水素コロナの広がりは、米国のアポロ16号が1972年に月面から観測したのが最後だった。そのとき捉えられた地球からの広がりは6万キロメートルあまりにすぎず、その全体像を確認したのは、今回の亀田さんらの観測が初めてだ。地球の周りには、北極にS極の、南極にN極の磁石を置いたような磁気が発生している。水素コロナはこの磁気の影響を受けて広がり、磁気の広がりのいびつな形状を反映した分布になっていると考えられていた。だが、亀田さんらが捉えた水素コロナの広がりには、このいびつな形が見られず、コンピューターによる計算で実際の広がりを再現した結果、水素コロナは、地球の磁気の影響をほとんど受けずに広がっていることが初めて分かった。

 この研究成果のもとになった画像は、亀田さんとその研究室の学生たちが作った特製の望遠鏡で撮影したものだ。光を集めるレンズ部分と、それを記録するセンサーでできている。とくに、普通のカメラで望遠レンズにあたる部分は、学生たちの手作りだ。難しかったのは、例えば接着剤の使い方。集光に使う鏡のガラスと台座の金属とでは熱に対する膨張率が違うので、固くくっつけすぎても、ゆるすぎても壊れてしまう。その微妙な強度を探るため急に必要になった道具を、東京・池袋にある近くの大型雑貨店へ、学生が自転車で買い出しに走ったこともある。一般には何年もかかる開発を半年でこなし、その費用も10分の1ほどに収まったという。

 亀田さんが「ライカ」と名づけたこの特製望遠鏡は、東京大学などのグループが開発した超小型深宇宙探査機「プロキオン」に搭載され、小惑星を目指す「はやぶさ2」と一緒に2014年12月3日に打ち上げられた。プロキオンは、天の「こいぬ座」に輝く明るい星。ライカは、1957年に旧ソ連が打ち上げた「スプートニク2号」に乗った犬にちなんで名づけた。犬つながりだ。水素コロナの撮影日は2015年1月9日。地球からの距離は約1500万キロメートルだった。

図 特製望遠鏡が撮影した地球の水素コロナ。青い色が、中央やや左下の地球から広がっている水素コロナを表している。この画像の1辺が約60万キロメートル。太陽は左から差しており、太陽の光の圧力で、水素コロナの広がりはすこし右に膨らんでいる。(立教大学提供)
図 特製望遠鏡が撮影した地球の水素コロナ。青い色が、中央やや左下の地球から広がっている水素コロナを表している。この画像の1辺が約60万キロメートル。太陽は左から差しており、太陽の光の圧力で、水素コロナの広がりはすこし右に膨らんでいる。(立教大学提供)
写真 学生が望遠鏡を組み立てている。(立教大学提供)
写真 学生が望遠鏡を組み立てている。(立教大学提供)

関連記事

ページトップへ