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生き物と地域を愛する、日本唯一の水族館部【自然と向き合うワカモノたち】

2022.12.14

水族館の一般公開の様子。水族館部の部員たちは来館者1人1人に丁寧に対応している
水族館の一般公開の様子。水族館部の部員たちは来館者1人1人に丁寧に対応している

 「自然と向き合うワカモノたち」の最終回は、愛媛県立長浜高等学校の水族館部を紹介する。地方の小さな高校の生徒たちが魚をはじめとする多様な水生生物を飼育しつつ、繁殖や研究、さらには月に一度の一般公開の運営も行う日本で唯一の部活動だ。課題解決力や社会性を養うオリジナリティーあふれる教育活動であると同時に、地域の活性化にも結び付いている。

高校生が手作りでプロデュース

看板は生徒の手作り。受付や誘導、説明も生徒が行っている
看板は生徒の手作り。受付や誘導、説明も生徒が行っている

 小さな町のこぢんまりとした校舎の前で、法被を羽織った高校生が来訪者を迎える。案内板から会場の飾り付けまで、高校生が手作りでプロデュース。まるで文化祭のようだ。愛媛県立長浜高等学校の水族館部は、毎月第3土曜日にイベント「長高水族館」を開催している。

 入り口正面にはクラゲの水槽、教室を利用した展示室には多数の水槽が所狭しと並び、魚だけでなくカメやエビなど多種多様な生物が展示されている。屋外の大きな水槽ではハマチやヒラメ、サメなどが泳ぐ。町を流れる肱川、愛媛県沿岸の伊予灘や宇和海の生物のほか、水族館部の合宿で訪れる沖縄で捕まえた魚も飼育しているという。

廊下や教室では小さめの魚、屋外では大きめの魚が飼われている。左からサザナミフグ、ミズクラゲ、ネコザメ
廊下や教室では小さめの魚、屋外では大きめの魚が飼われている。左からサザナミフグ、ミズクラゲ、ネコザメ

 水槽のそばには部員がスタンバイしていて、水槽の生物についての説明を担う。展示方法にも工夫が凝らされていて、誰でも楽しみながら生物について学べるようになっている。

クマノミの生態についてわかりやすく説明するために、イラストや飛び出す絵本を用いるなどさまざまな工夫がなされている
クマノミの生態についてわかりやすく説明するために、イラストや飛び出す絵本を用いるなどさまざまな工夫がなされている

特色を出すことで生き残りを目指す

 愛媛県大洲市の中心部から北西におよそ15キロメートル。伊予灘に面した長浜地区はかつて漁業や舟運で繁栄した港町。だが社会の変化とともに、長浜高校の生徒数も減少の一途をたどっていた。20年以上前、この学校に赴任した教諭の重松洋さんは、前任の高校での経験から、地方の小規模校は特色を打ち出せないと存続は難しいと感じたと言う。

 そこで重松さんが着目したのが、1935年に開館した四国初の水族館・長浜水族館の存在だった。重松さんが赴任した頃には水族館は老朽化のため閉館していたが、およそ半世紀にわたって人々に愛された歴史があり、学校周辺には魚を飼育する家庭が多くあった。水族館というかつての街のシンボルを活用することで、地元の高校が地域と一緒に何かを作り上げることはできないか、そんな思いが重松さんを動かし、水族館部の前身である自然科学部の部員たちと一緒に活動を始めた。

 初めは生物教室には水槽が2つしかなく、メダカが数匹飼われているだけだったが、次第に近くの海で捕らえた魚を飼い始め、1998年の文化祭で来校者に初めて披露した。その後、月に一度の一般公開を続けていくうちに、長高水族館は地域のイベントとして浸透していった。

 今では約150種、2000点もの生物を飼育していて、一般公開日には多い時は800人もの人が来校するという。全国的な知名度も上昇し、メディアでも度々紹介されている。そして、長浜高校では水族館に所属していない生徒でも、商業部が地元と連携して食べ歩きマップを作ったり、障がい者支援施設と連携してクッキーを販売したりと、地域の魅力が次々と再発見され、町の人々とともに活動を発展させている。

3つの班が創意工夫を凝らして活動

 部活については生徒の自主性に任されているが、決まっていることもある。そのひとつは、部員全員が担当の水槽を持って魚や海洋生物を飼育することだ。もちろん、欠席などで面倒を見られない場合は他の部員がカバーする。

 もうひとつは、一般公開の運営を担うイベント班、生物の繁殖に取り組む繁殖班、生物に関係する何らかの研究に携わる研究班のいずれかに所属することだ。1日2時間の活動のうち1時間は自分の担当水槽のメンテナンスなど、1時間は班としての活動を行うそうだ。「私はほとんど口を出しませんが、それぞれの班が創意工夫を凝らしてやってくれています」と重松さんはうれしそうだ。

 研究班の中で取り組むことも各人に委ねられていて、先輩から研究課題を受け継ぐ部員もいれば、自分で新しい研究を始める部員もいる。タコについて研究している1年生の石丸夏実さんは後者だ。

 「小学生の頃からタコが好きで、水族館部ではマダコの水槽を担当しています。オス、メスのペアで飼育していたら、8月初旬にオスが死んでしまったんです。自分の飼育技術が未熟なせいだと思っていたら、8月中旬にメスがタコつぼの中で産卵していて、オスは交接を終えた後衰弱して死んでいたことが分かりました」と説明する石丸さんは、水族館部の仲間に手伝ってもらい、3000匹以上の卵が産まれたことを確認。全滅を避けるため多くを海に放流して、残したマダコの飼育を試みたものの全滅。そこで、石丸さんはマダコの生存率を高めるための研究に取り組んでいる。

「長高水族館」で堂々と研究発表を行う石丸夏実さん
「長高水族館」で堂々と研究発表を行う石丸夏実さん

企業と共同でクラゲ予防クリームを開発

 先輩から後輩へと長く受け継がれている研究として代表的なのは、クラゲに刺されるのを予防するクリームの開発だ。その発端となったのは、水族館部で飼育している、カクレクマノミについての素朴な疑問だった。

 カクレクマノミはイソギンチャクに身を潜めて外敵からの攻撃をかわすことが知られている。イソギンチャクの触手に触れると、そこにある刺胞から微細な毒針を射出するため、カクレクマノミの外敵は近寄れない。部員たちは「どうしてカクレクマノミはイソギンチャクに刺されないのか?」と疑問を抱き、その謎の解明に乗り出した。

 その結果、カクレクマノミを覆う体液にマグネシウムイオンが含まれていることを突き止め、マグネシウムイオンを感知してイソギンチャクは刺胞を射出しなくなることを確認。この成果は、第58回日本学生科学賞(2014年)の内閣総理大臣賞の受賞をはじめ、数々の科学コンテストで高く評価された。

 このことを聞きつけた複数の企業から「イソギンチャクに刺されるのを防げるなら、同じ刺胞動物のクラゲに刺されるのを防ぐのに利用できないか」という問い合わせが舞い込んだ。「中でも、静岡県にあるエイビイエスという会社は水族館部の活動に共感して、研究開発のパートナーとして認めてくださったんです。それで一緒にクラゲを予防するクリームを開発することになりました」と重松さんは振り返る。

 マグネシウムイオンを加えた試作品だけでなく、加えていない試作品も送ってくれたため、水族館部では試作品を竹串に塗り、クラゲの触手に近づけて射出が生じるかどうかを確かめる実験を行った。カルシウムイオンも刺胞の射出に関わることが明らかになり、マグネシウムイオンだけでなくカルシウムイオンも加えて、クラゲ予防クリーム「ジェリーズガード」の製品化を成し遂げた。

 関連する研究は今も続いている。「先輩たちの研究でカルシウムイオンが刺胞の射出に関わる一方、濃度が高くなると射出が抑制されることが分かっていました。そこで私たちはクラゲの体にはカルシウムイオンを感知する受容体があって、濃度に応じて刺胞の射出に関係性があるかを調べました」と説明するのは、2年生の重松そらさんだ。

 高校では、受容体そのものを見いだす分析やゲノム解読による受容体たんぱく質配列の特定は難しい。そこで、重松さんはカルシウム濃度を変えて刺胞射出が起こるかどうかを調べた。そして濃度に応じて射出頻度が変わることを突き止めたほか、実験にアカクラゲ、ミズクラゲ、ユウレイクラゲの3種類を使ったことで、種類ごとにカルシウムイオン濃度に対する反応の違いがあることも解明した。この成果を取り入れれば、クラゲの種類ごとに有効成分を最適な濃度で配合したクリームが実現するかもしれない。

クラゲ予防クリーム「ジェリーズガード」を手にした相原冬奈さん(左)と重松そらさん(右)
クラゲ予防クリーム「ジェリーズガード」を手にした相原冬奈さん(左)と重松そらさん(右)

部活で身に付けたことを生かして

 本年度、長浜高校に入学した1年生は57人で、前年の2倍以上だった。そのうち約半数の生徒が水族館部に入部し、県外出身者も11人いる。いつも地域の人たちと接し、情報を発信すること、コミュニケーションをとることの大切さを学んできた生徒たちは、新型コロナウイルスが猛威を振るい一般公開ができなかった時期にも、ライブ配信やSNSなどで活動について情報を発信してきた。生徒たちの熱意は広く伝わり、この結果につながった。

 「水族館部の活動は、課題解決力や社会性、コミュニケーション能力を養う教育活動です」と重松さんは語る。一般公開で老若男女さまざまな地域の人たちとコミュニケーションをとる機会は、高校生にはかけがえのない経験になっている。

 また、一般公開の後に、生徒たちは必ず反省会を行い、個人として、班として、部として、できていたこと、できていなかったことを考え、改善すべきことは次でクリアしようと取り組んでいる。その習慣、ノウハウは将来社会に出てからも、必ず生かされるに違いない。

 20年あまりの年月を歩んできた長高水族館。マンガ『熱帯魚は雪に焦がれる(作:萩埜まこと)』の舞台にもなっている。そして各種団体とのタイアップキャンペーンなども開催され、学校とコミュニティーが一体となって盛り上がっている。高校生が中心となって地域の特性を発掘する地域探究活動は、若者たちを成長させる教育の一環としても、埋もれていた魅力を再発見する共創の場としても効果的かもしれない。

水族館部顧問として生徒たちを見守る重松洋さん
水族館部顧問として生徒たちを見守る重松洋さん

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