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AIで開花を判断、斬新な植物季節観測【自然と向き合うワカモノたち】

2022.11.02

キンモクセイの木の前で。左から近藤正樹さん、田畑賢祐さん、坂本龍太郎さん、白石和章さん
キンモクセイの木の前で。左から近藤正樹さん、田畑賢祐さん、坂本龍太郎さん、白石和章さん

 特集「自然と向き合うワカモノたち」の第2回では、気象観測の取り組みを紹介する。海運と気象観測は深い関係にあるが、鳥羽商船高等専門学校では基本的な気象観測のノウハウに新たな視点やシステム開発も加え、広く暮らしや産業にも役立てようとしている。今回は、AIで開花を判断するという、斬新な植物季節観測に取り組んだ情報機械システム工学科の白石・近藤研究室メンバーに話を聞いた。

気象はスマート農業にも重要

 「僕らは、AIで花の開花を測定して、広くLINEで知らせることを考えました」と笑顔で説明してくれたのは、第10回高校・高専気象観測機器コンテストで選考委員特別賞・佐々木嘉和賞を獲得したチームのリーダー、坂本龍太郎さんだ。坂本さんがこの研究に取り組んだ背景には、鳥羽商船高専の教育プログラムがある。

 人の営みにおいて気象は大切な要素だが、とりわけ大海原を船で航行する場合、気象は自分たちの命を守るために欠かせない。そのため、鳥羽商船高専のカリキュラムには「気象」の授業が組み込まれている。

 三重県鳥羽市の海辺にある鳥羽商船高専は日本に5校しかない商船高専のひとつだ。商船高専はもともと外航船舶職員の養成を目指す学校であったが、環境の変化に伴って近年は工業・情報など非商船系の学科もあり、教育期間は商船系の学科が5年6カ月、その他の学科は5年となっている。気象観測についての研究開発も長く続けられており、その成果は海運以外にもさまざまな産業や人々の暮らしに生かされている。

 同校の情報機械システム工学科教授でAIを活用したスマート農業の実現に取り組む白石和章さんとAIを専門とする准教授の近藤正樹さんの研究室では、マンパワーを必要としない、さまざまな気象観測システムの開発に取り組んでいる。成果を発表する場として一般財団法人WNI気象文化創造センターが主催する高校・高専気象観測機器コンテストに参加を続けており、毎年のように好成績を残してきた。

定点観測と画像認識で四季の移り変わりを知る

 現在5年生の坂本さんは、後輩の田畑賢祐さんらとともに、植物季節を把握するシステム「四季探偵AI(アイ)~レンズ越しの植物観察~」の開発を目指してきた。三重県の内陸部・伊賀地方の農家で生まれ育った坂本さんは、農業の自動化が遅れているのを実感してきた。この研究室を選んだ理由も「AIで農業の課題を解決したい、そして自分もコンテストで活躍したいという思いがあった」と語る。

システムについて仲間たちに説明する坂本さん
システムについて仲間たちに説明する坂本さん

 そんな坂本さんたちが選んだテーマは、カメラによる定点観測とAIによる画像認識を利用して四季の移り変わりを知ることだった。気象庁ではウメやサクラの開花、カエデの紅葉やイチョウの黄葉などの植物季節、ウグイスの初鳴やツバメの初見といった動物季節の観測を続けていたが、2021年1月に対象となる種目・現象が大幅に削減され、動物はすべて廃止、植物は35種目41現象から6種目9現象になった。観測所の周辺の生態環境が変化していることや、標本となる木の確保が難しくなっていることから、従来の気象台職員の目視または聴覚による確認を用いた生物季節観測が見直され、大幅に縮小・削減する方針が前年11月に打ち出されたことの影響だ。

 ただ、生物季節観測によって得られるデータは、生態環境の変化や気候変動が生態系に与える影響の調査等に有用で、生物を通じて四季を感じとる文化的な価値も含まれている。そこで、気象庁、環境省、国立環境研究所が連携し専門調査員による調査に加え、一般の方も参加できる市民参加型調査を2021年3月から試行的に実施し、約70年の蓄積がある生物季節観測データの継続的な活用を目指している。

 「小さい頃から動物や植物で季節を感じてきたので、白石先生から対象を縮小すると聞いて寂しさを感じたんです。また、せっかくデータを蓄積したのが途切れてしまうのはもったいないという思いもありました」と坂本さん。

 「四季探偵AI」では対象を変えることによって地域に特化した植物季節の観測が可能で、熟練者も必要ない。客観的データが取得できるので、一般の方々が担い手となる市民参加型調査にも貢献できそうだ。また、観測結果はLINEで配信されるので、誰でも手軽に四季の移り変わりを感じることができる。それが人々の気象に対する関心を高め、暮らしや産業などで幅広く活用してもらうことにつながるのではないか。

「四季探偵AI」のシステムの概要(鳥羽商船高専提供)
「四季探偵AI」のシステムの概要(鳥羽商船高専提供)

 定点観測カメラの電源や防水加工などについては先輩から受け継いだノウハウがあり、ハードウエアは前年の機器を流用できた。しかし、ソフトウエアの構成はほぼゼロからのスタートだった。

学習データを増量し、精度が飛躍的に向上

 観測対象として坂本さんたちはキンモクセイを選んだ。キンモクセイは9~10月に2度花を咲かせる秋の風物詩で、鳥羽商船高専のキャンパス内にも木があった。コンテストの応募は11月末までだったため、9月の開花に合わせて撮影を行い、AIに学習させる教師データを収集した。「時間がなかったので、動画を撮影して切り出すことで枚数を確保しました」と坂本さんは説明する。

キンモクセイの画像を教師データとした学習の流れ(鳥羽商船高専提供)
キンモクセイの画像を教師データとした学習の流れ(鳥羽商船高専提供)

 こうして手に入れた画像データは655枚。まずはキンモクセイの花がどのようなものかをAIに教えなければならないので、画像中の花の部分を四角で囲ってタグ付けする。アノテーションと呼ばれるこの作業は人の手で一つ一つ進めていくので、チームメンバー6人全員で分担し、1週間かけて行った。

 ところが、ここで重大な問題が生じた。教師データを学習させたにもかかわらず、別の画像でテストを行うと、キンモクセイの花を正確に認識しないのだ。「このときは本当に焦りました」と坂本さん。そんな坂本さんに、白石さんはAIに学習させるには、まだ全然数が足りないので、一般的によく行われる手法として、画像をいじってデータを増やせば良いとアドバイスした。

さまざまな条件を操作することで、教師データの増量ができる(鳥羽商船高専提供)
さまざまな条件を操作することで、教師データの増量ができる(鳥羽商船高専提供)

 1枚の画像でも、左右を反転させたり傾きを変えたり、輝度を増減させたり、ノイズを加えたりすることで、何枚もの教師データを作ることができる。こうして、655枚の画像は約40倍の2万4550枚になった。

 画像を正確に判断させるため、その8割にあたる1万9460枚を30万回学習させたうえで、残りの4910枚を用いてテストを行うと、精度は飛躍的に向上した。「正確に判定された時にはホッとしましたね。データの増量、特にノイズが効果的だったように思います」と坂本さんは振り返る。

 システムの構築など中心的な役割を担った坂本さんを支え、他のメンバーも奮闘した。全員で力を合わせて膨大な量のアノテーションをこなし、田畑さんはA4用紙30枚にもおよぶ報告書と動画資料の制作にも積極的に協力。「みんな本当によく頑張っていました。それぞれ温度差はあっても、グループワークの中で苦労して、成長してくれました」と白石さんは学生たちをたたえる。

次は土砂災害警報システムの開発

 2022年のコンテストに向けた研究開発では、4年生の田畑さんがリーダーを務める。AIへの関心からこの研究室を選んだ田畑さんは「四季探偵AI」での経験を生かしながらも、今度は全く別のプロジェクトを進めている。

 田畑さんが今回取り組んでいるテーマは土砂災害警報システムの開発だ。このテーマは前年に卒業した先輩が取り組んでいたもので、田畑さんたちが受け継いで世に出そうとしている。フィールドとなっているのは三重県の南部に位置する御浜町で、このあたりは非常に雨が多く、土砂災害が発生しやすい。そこで「土壌の水分を測定して、危険な数値になったら自動的に警報を配信するようにしています」と田畑さんは説明する。

 ここに紹介したのは一例で、研究テーマは人それぞれ。年度によっても全く異なるが、白石・近藤研究室では地域の課題や身近な問題に対応する研究開発が多く行われている。

 ただ、テーマは異なっても、チームで取り組んだトラブル時の乗り越え方や、チームメンバーのまとめ方、研究成果の発表方法などは共通する能力として学生一人一人に蓄積される。そして学生のユニークで自由な発想に、白石さんと近藤さんのAIを使った分析や応用の指導が加わり、研究成果につながっているのだ。

自由な発想で次世代を模索

 植物季節を観測するシステムについては、白石さんが現在大学の研究者に働きかけて、さらなる進展を目指している。観測対象が広がり、データが蓄積されていけば、将来的には気候変動などの観測や予測に役立てられる可能性もある。

 明るくハングリーな精神を持ち、伝統を受け継ぎながらも、自由な発想で次世代を模索する鳥羽商船高専の学生たち。「クラウドくんとこよみちゃん~人間と動植物の季節カレンダーを作ろう~」など、研究課題のネーミングも過去からユニークなものが多い。船では互いに助け合う必要があり、チームワークを重んじる伝統は今も変わらない。「商船高専なので寮生も多く、コミュニケーションを通じてアイデアを出していくのが得意なのかもしれません」と白石さんは分析する。また、学校側も幅広い知見が得られるようにカリキュラムを工夫し、学生たちを全面的にサポートしている。

 研究の成果はもちろん、研究やコンテスト参加の取り組みを通じて養われるチームワークやリーダーシップは、卒業後も実社会で必要とされるにちがいない。

練習船「鳥羽丸」と白石・近藤研究室のメンバー
練習船「鳥羽丸」と白石・近藤研究室のメンバー

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