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絶滅の危機に瀕するウナギを守り、育てたい【自然と向き合うワカモノたち】

2022.11.16

ウナギにエサを与える伝習館高校自然科学部の百原未唄さん(手前)、大橋壮汰さん(中央)、坂田由衣さん(奥)
ウナギにエサを与える伝習館高校自然科学部の百原未唄さん(手前)、大橋壮汰さん(中央)、坂田由衣さん(奥)

 近年、ウナギの漁獲量が激減している。ニホンウナギは回遊魚で日本から南下してマリアナ海溝の海山で産卵するが、人間による漁獲や環境の悪化によって、日本の川に戻ってくる数が少なくなっているのだ。「自然と向き合うワカモノたち」の第3回は絶滅の危機に瀕(ひん)するウナギを守り、育てたいと研究者や地域社会と連携して活動している高校生に注目した。ウナギが生息しやすい環境づくりを模索する福岡県立伝習館高等学校と、ウナギの完全養殖を目指す愛知県立三谷水産高等学校、それぞれの暮らしや環境に基づく異なる2つのアプローチを紹介する。

石を詰めた籠を川に沈めて生物調査

 昔の風情を色濃く残す城下町・柳川では、福岡県立伝習館高等学校の自然科学部の生徒たちによって、ウナギの個体数の回復を目指す活動が進められている。この町は堀が張り巡らされていて、川下りやウナギ料理が観光の目玉になっているが、水道の整備が進んで住民が掘割の水を使わなくなると徐々に水質が悪化。ウナギなど多くの水生生物が激減した。そして、2014年に国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したことを契機に、個体数の回復を目指す取り組みがスタートした。

ニホンウナギ稚魚の国内採捕量の推移(農林水産省の資料より)
ニホンウナギ稚魚の国内採捕量の推移(農林水産省の資料より)

 「九州大学の望岡典隆先生の協力で、福岡県からシラスウナギと呼ばれる稚魚の特別採捕の許可をいただきました。それ以来、シラスウナギを採捕して自分たちで育てて、柳川掘割や近隣を流れる飯江川に放流しています」と自然科学部顧問の木庭慎治さんは語る。また、"石倉かご”という伝統手法を活用している。これは石を詰めた籠を川に沈めてウナギの隠れ場所を作るもので、同じ場所にエサとなる甲殻類が繁殖し、河川環境全体の改善も期待できる。

生態調査に用いる石倉かご(伝習館高校提供)
生態調査に用いる石倉かご(伝習館高校提供)

 許可が得られた2015年以降、すでに1万尾以上のシラスウナギを採捕して9700尾以上のウナギを放流。放流したウナギにはワイヤ標識を取り付け、柳川掘割と飯江川で捕獲調査を続けている。その結果、飯江川の方がウナギの生息に適した環境であることも明らかになっている。

2020年10月には、みやま市立桜舞館(おうぶかん)小学校の児童と石倉かごを設置した(伝習館高校提供)
2020年10月には、みやま市立桜舞館(おうぶかん)小学校の児童と石倉かごを設置した(伝習館高校提供)

クスノキの落ち葉で死亡率が低下

 木庭さんは毎年新たな取り組みをするように指導しており、2022年度の3年生は飼育環境に関する研究を行った。部長を務めた大橋壮汰さんは「以前は校内で飼育しているシラスウナギの死亡率が高く、4割くらいの個体が死んだ年もあったそうです。先輩たちが水槽にクスノキの落ち葉を入れたところ、シラスウナギはほとんど死ななくなり、私たちの代ではクスノキの落ち葉の何が良かったのかを調べることにしました」と説明する。木庭さんによると、地元の漁師から山の腐葉土を入れると養殖しているカキが病気にならないという話を聞いて、クスノキの落ち葉を入れるという発想に至ったという。

 大橋さんたちは落ち葉の有無や、エアポンプで空気を送り込んだ時と送り込まなかった時の違いなどを細かく調べた。水中イオン濃度を解析した結果、落ち葉に付着した細菌がウナギの排せつに由来するアンモニウムイオンを直接取り込み、窒素同化の過程でアミノ酸を合成し増殖したことで、アンモニウムイオンや亜硝酸・硝酸イオンの上昇を抑えているという結論に達した。

落ち葉を入れると付着した細菌がアンモニウムイオンを直接取り込み、硝酸イオンはほとんど生じない(伝習館高校提供)
落ち葉を入れると付着した細菌がアンモニウムイオンを直接取り込み、硝酸イオンはほとんど生じない(伝習館高校提供)
細菌が呼吸して増殖するので、酸素を入れるとアンモニア濃度が低下する(伝習館高校提供)
細菌が呼吸して増殖するので、酸素を入れるとアンモニア濃度が低下する(伝習館高校提供)

 この結果を受け、柳川養鰻組合の事業者にクスノキの落ち葉を用いた養殖を試してもらったところ、「ウナギの水槽が汚れにくいので助かる」とのことで、好評を博しているという。

山の保水力を高め、遡上の壁をなくしたい

 また、生徒たちは飯江川に設置されている数多くの堰(せき)にも着目した。増水時には河川の氾濫を防ぎ、渇水時には農業用水を確保するという重要な役割を担っているが、川を遡上 (そじょう)するウナギにとっては障壁になっているかもしれない。

 そこで彼らは石倉かごを設置した地点より下流にウナギを放流してみたものの、まったく再捕獲できなかったという。放流地点と石倉かごの間にある複数の堰がウナギの移動を妨げている可能性が高いということだ。

写真のような可動堰ではウナギの遡上は確認できなかった(伝習館高校提供 )
写真のような可動堰ではウナギの遡上は確認できなかった(伝習館高校提供 )

 とはいえ、周辺住民の暮らしを守る堰だけに、安易に撤去を訴えるわけにはいかない。「そこで、私たちは山の地権者に協力していただき、山の保水力を高めるため、飯江川の上流の竹林を伐採して保水力の高い広葉樹のサクラやイロハモミジを植林しました。その後の調査で、鳥が種子を持ち込んでエノキ、イヌビワ、クスノキといった広葉樹の森が育っていることが確認されました」と百原未唄さんは説明する。

かつての城下町の一角、堀に面した校舎のそばで。
伝習館高校自然科学部の皆さんと顧問の木庭さん
かつての城下町の一角、堀に面した校舎のそばで。
伝習館高校自然科学部の皆さんと顧問の木庭さん

 山の保水力が高まれば河川の氾濫のリスクが下がり、可動堰が必要なくなる日が来るかもしれない。坂田由衣さんは「河川環境を改善していくには高校生だけでは不十分で、多くの人の協力が必要だと思います。後輩たちには今の活動を続けるとともに、SNSなどをうまく活用して自然科学部の活動を発信していってもらいたいですね」と期待している。

生き物を育て、高校生なりの発見を

 一方、愛知県立三谷水産高等学校では、海洋資源科ウナギ班の生徒たちがウナギの完全養殖を目指している。この学科では1年生から座学や実践を通して養殖技術を学び、3年生になるとより高度な技術開発に携わる。ウナギ班はそれらの中の1つだ。

ウナギの完全養殖のサイクル
ウナギの完全養殖のサイクル

 一般的な養殖は天然のシラスウナギを入手して食用できるまで育成することだが、彼らが目指す完全養殖はウナギの一生のサイクルを人の管理下で完結させることだ。すなわち、受精卵を人工的にふ化させ、仔魚から稚魚のシラスウナギを経て成魚に育て、成熟したオスとメスから精子と卵を採取して人工授精させ、再び受精卵を人工的にふ化させる。完全養殖は水産総合研究センター(現在の国立研究開発法人水産研究・教育機構)が2010年に実現したものの、実用化には至っていない。

 同校教諭の小林清和さんは「愛知県はウナギの養殖が盛んで、本校でも1980年代からウナギの養殖に取り組んできました。それで完全養殖に成功したという話を聞き、私たちも挑戦することにしたのです。親が自分たちを育ててくれたのと同じ経験をすることで、生き物を育てることの大変さを実感してほしい、そしてこの過程で高校生なりに何か発見をしてもらいたいという思いもありました」と語る。

メスの作出と生殖腺の成熟を促すホルモン注射

 ウナギの完全養殖で重要なのが、メスの親魚の確保だ。稚魚の段階では性が決まっていないが、養殖したウナギの9割以上の個体がオスになる。そこで、エサに女性ホルモンのエストラジオールを混ぜることで、100%メス化させている。

 ただし、人工飼育下では性成熟しないため、メスにはサケの脳下垂体抽出物とウナギの卵成熟誘起ホルモンを、オスにはヒト絨毛(じゅうもう)性性腺刺激ホルモンを注射して、それぞれの生殖腺の成熟を促す。作業服に身を包んだ生徒たちは、バケツからウナギを1尾ずつ取り出し、親魚のストレスを最小限に抑えるため手際よく注射を打っていく。

ウナギにホルモンを注射する生徒たち。左から橋本桃那さん、伊藤漣さん、馬場詠人さん、加藤あゆみさん

 しかし、受精可能な卵や活発な精子を作り出すのは容易ではない。「週に一度ホルモンを注射しているのですが、受精のタイミングを合わせるのが難しいんです。せっかくメスが良い卵を産んでも、オスの精子が活発じゃないと受精させられず、良質の卵や精子を作出するのも難しかったんです」と橋本桃那さんは苦労を語る。

飼育環境の改善とウナギ由来のホルモンで受精卵が増加

 ふ化に成功しても、シラスウナギまでの道のりは長い。水産総合研究センターの研究でもふ化直後に与えるエサについては試行錯誤の連続で、深海に生息するアブラツノザメの卵を与えてシラスウナギまで育てることに成功している。しかし、アブラツノザメも希少で高価なので商用生産は難しい。そのため彼らは安価な動植物プランクトンや配合飼料も利用している。

 ふ化したばかりの赤ちゃん魚の生存記録はまだ14日間だが、伊藤漣さんは「まずはこの記録を超えることが目標で、後輩たちはさらに上を目指してほしいですね」と語る。また、加藤あゆみさんは「来年も飼育下のストレスを軽減して健康で元気な親魚を育ててくれたらと思います」と期待する。

三谷水産高校ウナギ班のメンバーと教諭の小林さん。
学校は漁港のすぐそば。練習船「あおしお」の前で
三谷水産高校ウナギ班のメンバーと教諭の小林さん。
学校は漁港のすぐそば。練習船「あおしお」の前で

 明るい材料もある。馬場詠人さんは「昨年、先輩方が確保できた受精卵は1尾の採卵で400粒ほどだったのですが、親魚の絶対数を増やしたり、水槽にウナギが隠れる筒を設けたり、ウナギ由来の性腺刺激ホルモンを投与したりと工夫した結果、今年は1尾の採卵で2500粒くらいになりました」と説明し、「後輩たちには1万粒以上を目指してほしい」と続ける。

 伝習館高校でも三谷水産高校でも、先輩から後輩へ知識やノウハウを引き継ぎながら、探求活動は少しずつ進化している。課題に取り組んだ高校生たちの問題意識は着実に高まっており、成果とともに彼ら自身も成長を続けている。

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