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世界文化遺産の海ごみ対策にロボットを【ローカルSDGs~身近な魅力を再発見~】

2022.07.13

ロボットが活躍しているビーチクリーンの様子(BC-ROBOP海岸工学会 提供)
ロボットが活躍しているビーチクリーンの様子(BC-ROBOP海岸工学会 提供)

 世界遺産に登録されている古社・宗像(むなかた)大社が鎮座する福岡県宗像市。古代から多くの船が行き交い、すぐれた漁場でもあった。昔は遭難した船の積み荷がこの周辺にしばしば漂着していたというが、近年は大量のプラスチック製品などが海ごみとして海岸に押し寄せ、深刻な状況となっている。そこで、ロボット研究者と海岸環境保全学の専門家が力を合わせ、海ごみを減らす仕組み作りを目指している。

古代は漂流物を建設資材に

 福岡県の二大都市・福岡と北九州の間に位置する宗像市は、はるか昔から大陸との交易が盛んに行われた地域だ。古代は玄界灘で遭難する船も多く、船の積み荷が宗像周辺にまで漂流することもあり、建設資材に使われていたという。また、宗像大社沖津宮がある沖ノ島は危険な航海の中で大切な目印であり、島全体が御神体としてあがめられ、航海安全を祈る祭祀(さいし)の遺跡が今も残っている。そのほか古代の信仰や文化を今に伝える遺跡や宝物が多く残されていることから、2017年に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」として世界文化遺産に登録された。

世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産(宗像市ウェブサイトより)
世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産(宗像市ウェブサイトより)

 しかしながら、沖ノ島をはじめとする宗像市の沿岸も、今では漂着するプラスチックごみに悩まされている。その現状を打破するべく、清野さんは地域の住民や漁業関係者、ボランティア団体などと連携して、海岸清掃や講演などさまざまな活動を行ってきた。

打ち上げられる海ごみ。(清野さん提供)
打ち上げられる海ごみ(清野さん提供)

 「海ごみ対策の研究はもう30年くらい前から行われています」と清野さん。加えて法の整備もなされたが、海岸のごみを拾うことに関しては市民による無償の活動に頼る以外なかった。しかし、大小さまざまなごみを拾うのはハードな作業で、しかもごみを取り除いたところでしばらくたつとまた大量のごみが流れ着く。そのうちに人口は減り、ごみ拾いをする住民の高齢化も進んできた。「やってもやっても終わらないという徒労感から、あきらめの気持ちも出てきているように思います」(清野さん)というのが現状だ。

九州沿岸だけでなく、海洋生態系全体の問題

 では、なぜに宗像の海岸に海ごみが集まってくるのか。

 海ごみは海流や風の影響を受けて広範囲で漂流するが、滞留しやすい場所がある。例えば、東日本大震災の津波で流された家屋がアメリカ西海岸に漂流した例もある一方で、海外から日本に流れてくるごみも少なくない。

太平洋の海流(清野さん提供)
太平洋の海流(清野さん提供)

 日本は対馬暖流や黒潮の影響を受けやすく、夏は南東から、冬は北西からの風の影響を受ける。こうして九州沿岸には海流に乗って大量のごみが押し寄せ、地形の関係でその多くは滞留してしまう。この海流は豊富な栄養分をもたらし、そのためクロマグロやスルメイカなどが産卵のために南下してくるのだが、環境が悪化すると、こうした回遊魚の数が減るなど他の海域にも影響を及ぼすことになる。「海ごみは九州沿岸だけの問題ではなく、海洋生態系全体の問題なんです」と林さんは危機感をあらわにする。

海流の影響によって、九州沿岸は海ごみが非常に多くなっている(清野さん提供)
海流の影響によって、九州沿岸は海ごみが非常に多くなっている(清野さん提供)

65%以上がプラスチック製品、8割は陸から

 いま、世界中で大量のごみが川から海へと流れ出して沿岸を汚染し、生態系や住民の暮らしに影響を及ぼしている。ペットボトル、発泡スチロール、漁具などのプラスチック製品、ガラス瓶、流木などに加え、家電製品など大型のごみもあり、総量はいまだ把握できていないものの、環太平洋だけで5000万~1億トンあるのではないかといわれている。

 日本では海ごみの65パーセント以上がプラスチック製品で、そのおよそ8割は陸から流入している。プラスチック製品は安くて軽く丈夫で腐食しないため、さまざまな形に姿を変え、私たちの便利な生活を支えてきた。ところが、大量に消費され、廃棄されたプラスチック製品が、紫外線劣化などにより破砕されたものが、5ミリメートル以下のマイクロプラスチックとなり、河川や下水を経て最終的に海洋に集積していく。マイクロプラスチックとなるとほぼ回収不能で、海洋生物に誤食されて生態系に深刻な影響を与えている。

海ごみの3分の2近くをプラスチックが占めている(海洋ごみをめぐる最近の動向 平成30年9月/環境省のデータに基づき編集部が作成)
海ごみの3分の2近くをプラスチックが占めている(海洋ごみをめぐる最近の動向 平成30年9月/環境省のデータに基づき編集部が作成)
プラスチック破片(提供:九州大学 生態工学研究室 宋ほか研究資料)
プラスチック破片(提供:九州大学 生態工学研究室 宋ほか研究資料)

高齢化など地域の課題を解決するブレイクスルーにも

 清野さんは活動の中で「海ごみの問題が未解決のまま残っている一因は、テクノロジーの社会実装に向かい合ってこなかったことにあるのではないか」と考えるようになった。新しい仕組みの必要性を感じた清野さんは、林さんに声をかけた。

 林さんは以前から自律移動ロボットの研究開発に携わっており、森林の調査や下草刈りを担うロボットの実証実験を行った実績があった。このロボットはさまざまな障害物を避けて進むことができる。「海岸のごみ問題も大変で、ごみの運搬くらいならロボットにもできるだろうと、まずは試しに始めました」と林さんはきっかけを語る。やがて林さんも本格的に海ごみ対策に取り組むようになり、2018年には清野さんを理事長とするBC-ROBOP海岸工学会が結成された。

林さんたちが開発したビーチクリーンロボット(BC-ROBOP海岸工学会 提供)
林さんたちが開発したビーチクリーンロボット(BC-ROBOP海岸工学会 提供)

 そして実際にロボットを海岸清掃に投入したところ、参加者の反応は想像以上に良かったという。「ロボットを動かしていると、みんなどんどんごみを入れてくるんです。普通に受け入れられたことにびっくりしました」と林さん。かつてはロボットの性能に対する疑念や不信感から導入に否定的な人も多かったというが、「時代は変わったなと感じましたね」(林さん)。

 ロボットを活用したビーチクリーン活動は社会的注目を集め、メディアにも紹介された。また、ロボットが登場したことで、今まであまり関わりのなかった子ども連れの家族や若い人も清掃活動に参加するようになった。意識の向上や高齢化対策など、地域の課題を解決するためのブレイクスルーとしてもロボットは期待されている。

オープンイノベーションの起点に適している宗像

 活動の進展の要因として「このあたりの自治体の方々が、サイエンスやテクノロジーの議論に熱心なのも大きいと思います」と清野さんは語る。北九州市は世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である八幡製鉄所があり、近代日本の技術革新の最先端を担った地域だ。また、宗像も工業地帯で働く人々が多く、科学技術に対する関心が高いという。

 それに加えて、宗像には古代から外部のものを幅広く受容してきた歴史がある。産官学に住民も加わったオープンイノベーションの起点に適した地域と言えるだろう。「私はあちこちで海岸清掃の活動をしていますが、ロボットを最初に導入する地域としてはここがベストでした」というのが清野さんの見解だ。

 「社会実装を進めるのであれば、地域に入って共通項を見つけながら技術開発を進めていくことで、課題解決への第一歩が踏み出せるのではないでしょうか」と林さんは語る。

 地域課題を解決するためには、地域の特性に適したアプローチを模索する必要がある。例えば、海ごみの問題は宗像に限ったものではないが、他の地域に展開するのであれば、また違った手法が必要になる。それを考えるのも研究者の役割ということだ。

自分の住む地域をしっかり見て分析を

 海ごみに限らず、地域に合った課題解決へのアプローチを見つけるためには、その地域を知ることが欠かせない。清野さんは「若いうちに自分の住む地域をしっかり見て分析してほしいと思います。そこで得た地域に対する理解が、後々世界が広がってきたときもベースになりますから」と語る。また、林さんは「たとえ生まれ育った地域を離れて暮らすようになっても、故郷に貢献する手段はいくらでもあります。若い人はそういう意識を持ってほしいと思います」と林さんはメッセージを送る。

 貢献する手段が科学技術に限らないのは言うまでもない。「例えば、海ごみの問題はさまざまな国の人々が歴史的なつながりを共有し、しっかりとコミュニケーションをとって、ともに持続的な発展を目指すことを誓わないと解決しないと思うんです」と清野さん。地域がはぐくんできた歴史や文化は社会課題と深い関係があり、それを注視することで改善への道筋が見えてくるのだろう。

砂浜を進むビーチクリーンロボット(BC-ROBOP海岸工学会 提供)
砂浜を進むビーチクリーンロボット(BC-ROBOP海岸工学会 提供)

 2022年7月17日には宗像市にある北斗の水くみ海浜公園にてロボットを使ったビーチクリーン活動の実演が行われ、翌18日にはサイエンスアゴラin宗像が開催される。自分の暮らす地域の課題を見直すヒントに出会えるかもしれない。

林 英治(はやし えいじ)

林 英治(はやし えいじ)
九州工業大学 大学院情報工学研究院 知的システム工学研究系 教授
1994年 早稲田大学理工学研究科機械工学専攻博士課程・博士後期課程単位取得満期退学。博士(工学)。同大学理工学部機械工学科助手、マサチューセッツ工科大学機械工学科研究員、九州工業大学大学院情報工学研究院機械情報工学研究系准教授、同教授を経て、2019年より現職。18年より同大学先端研究・社会連携本部社会ロボット具現化センター副センター長、20年より同センター長を兼任。19年から22年、副理事(地方大学・地域産業創生事業担当)

清野 聡子(せいの さとこ)

清野 聡子(せいの さとこ)
九州大学 大学院工学研究院 環境社会部門 准教授
1991年 東京大学大学院農学系研究科水産学専攻修士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院総合文化研究科助手、同助教を経て、2010年より現職。

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