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雨水をもっと暮らしに活かそう【ローカルSDGs~身近な魅力を再発見~】

2022.06.22

福井市の清水東公民館に設置された雨水タンクは、笠井さんが中心となって近藤さんや地域住民らと共に製作。スリランカでは、世界銀行の支援によって水供給が難しい場所に同様の雨水タンクが数百基設置されているが、日本では2基のみ
福井市の清水東公民館に設置された雨水タンクは、笠井さんが中心となって近藤さんや地域住民らと共に製作。スリランカでは、世界銀行の支援によって水供給が難しい場所に同様の雨水タンクが数百基設置されているが、日本では2基のみ

 雨が多い日本だが、雨水と上手に付き合うことで、洪水防止や渇水対策など、さまざまな社会課題の解決に役立てることができる。それを研究によって実証するとともに啓発活動に努め「雨水を活用することが普通」の社会を目指しているのが、福井工業大学環境情報学部教授の笠井利浩さん、同准教授の近藤晶さんらが結成した「しまあめラボ」だ。長崎県五島列島にある赤島での取り組みも含め紹介する。

河川の増水を抑制し、渇水時に供給も

 近年になって日本は台風や豪雨による洪水の被害をしばしば受けている。例えば、2004年の福井豪雨では福井市内で足羽川の堤防が決壊・氾濫。住宅街は濁流にのみ込まれ、3200棟以上が床上浸水、8000棟以上が床下浸水の被害に見舞われ洪水対策が急務となった。

 特定の地域に限らず、このような短時間の集中豪雨による洪水への対策や、その一方で渇水時の安定した給水の確保は、日本社会が抱える重要な課題だ。

 洪水対策としては、雨水を地下の貯留槽にため、豪雨時に下水や河川に流れ込む雨水の量を抑制し、その後ゆっくりリリースする。そんな雨水貯留システムが笠井さんと共同研究を行う秩父ケミカル(東京都千代田区)によって商品化され、海外でも活用されている。

 さらに必要なのは、降ってくる雨水の活用。雨水を貯留する仕組みがあれば大量の降雨があっても河川の増水を抑制し、渇水になった際にはそこから水を供給できる。また、大地震などでインフラが寸断された場合も、雨水を貯蔵していればトイレなどに使える。さらに浄水設備が付いていれば、飲用や調理にも使用可能だ。

 水質についても研究が進んでいて、「降り始めの雨水にはいろいろな不純物が含まれていますが、その後に降った雨は非常にきれいで蒸留水に近いような水質です。雨が降った後、空気が澄んでいるように感じるのはそのためなんです」と笠井さんは説明する。また、雨水は軟水で、カルシウムやマグネシウムの含有量は東京都の水道水の20分の1程度と非常に少ないため、水あかがつかずクリーニングや洗車などの用途においては水道水よりも優れているという。

雨水(左)と水道水(右)に微量の洗剤を混ぜて泡立てたもの。硬度成分が入っていないため、雨水の方が水道水よりも泡立ちが良い
雨水(左)と水道水(右)に微量の洗剤を混ぜて泡立てたもの。硬度成分が入っていないため、雨水の方が水道水よりも泡立ちが良い

 現在、日本での年間雨水利用量は増加傾向にはあるものの、2020年時点で約1240万立方メートルにすぎず、用途もトイレや散水に偏っている。一方、河川水や地下水などの水源から取水された水の総量は、年間800億立方メートル近くにもなる。すなわち、雨水の利用量はまだその6000分の1にも満たない。笠井さんが率いる「しまあめラボ」は、この現状を変えるために尽力している。

日本における雨水年間利用量の推移(上)と用途別雨水利用施設数(下)(国土交通省水資源部調べ・令和2年度末現在)

水道のない島・赤島でのプロジェクト

 社会の実情に即した応用研究をするために、笠井さんは実際に雨水だけで生活している集落を探してみた。その結果、見つかったのが長崎県の五島列島にある赤島だった。この島には水道設備がなく、数人(2022年現在7人)の住民は雨水をタンクに貯留して使用している。

赤島の面積は約0.5平方キロメートル。生活用水の全てを雨水に依存する島は、全国でもここだけだ(しまあめラボ提供)
赤島の面積は約0.5平方キロメートル。生活用水の全てを雨水に依存する島は、全国でもここだけだ(しまあめラボ提供)

 2016年、笠井さんは初めて赤島の土を踏んだ。「赤島の人々の水に対する感覚は、私たちとは全然違いました。水がなくなる恐れと常に隣り合わせで生活しているわけですから」と振り返る。調査をすると、赤島の人1人が1日に使用する水の量はわずか約60リットルで、東京都(同約210リットル)の30パーセントにも満たない。量だけでなく水質にも不安を抱く島民の実情を把握した笠井さんは、研究パートナーの近藤さんとともに「しまあめラボ」を結成し、安心して使用できる雨水利用の給水システムを構築することにした。

 翌年は近藤さんや研究室の学生たちも同行し、集落から少し離れた高台に雨水を収集する「雨畑」を設置した。この場所を選んだのは、海水の塩分が雨水と混じらないようにするためだった。約3週間にわたる炎天下での手作業を経て、できあがった雨畑は面積約50平方メートル。この年は配水設備を充実させるには至らなかったが、翌年、翌々年と足を運んでグレードアップを進め、島の宿泊施設「あかしまの家」に水を供給するシステムが完成した。

雨畑から雨水タンク(222メートル)、タンクからあかしまの家(107メートル)(しまあめラボ提供)
雨畑から雨水タンク(222メートル)、タンクからあかしまの家(107メートル)(しまあめラボ提供)

 このシステムには水質の悪い初期雨水を除去する設備が付いているほか、インターネットによって遠隔地からでも監視できる。赤島で得られたデータや知見は、日本のほかの地域や海外でも活用でき、水不足に悩まされている人々の暮らしを大きく改善することも可能だと笠井さんは先を見据えている。赤島プロジェクトは、他の離島への展開性も評価され、2020年度「STI for SDGs」アワード優秀賞へとつながった。

赤島に設置された「自立分散型スマート雨水活用システム」の概要(しまあめラボ提供)
赤島に設置された「自立分散型スマート雨水活用システム」の概要(しまあめラボ提供)

 また、この赤島に設置した節水型のトイレは、LIXILによって災害などで断水しても洗浄水の量を減らして使用できる「レジリエンストイレ」として商用化されている。水が貴重で下水の無い赤島でトイレの衛生環境を改善するためには、このトイレとのコラボが必須とのこと。この取り組みは、次世代に向けたレジリエンス社会の構築に大きく貢献していると評価され、「ジャパン・レジリエンス・アワード(強靭化大賞)2021」で最優秀賞に輝いた。

一般家庭でも利用できる雨水タンク

日盛興産(福井県高浜町)と共同で開発した家庭用雨水タンク「レインハーベスト」は、2019年度のグッドデザイン賞に輝いた
日盛興産(福井県高浜町)と共同で開発した家庭用雨水タンク「レインハーベスト」は、2019年度のグッドデザイン賞に輝いた

 笠井さんたちの活動は赤島だけにとどまらない。一般家庭でも手軽に雨水を利用できるように、企業と共同で家庭用雨水タンク「レインハーベスト」を開発した。このタンクは雨が降るたびに中の水を入れ替え、底にたまったゴミを自動で排出できる仕組みも設けられている。メンテナンス不要で、災害などの非常時には良質の水が使用できる世界初の雨水タンクだ。

 さらに笠井さんたちは雨水タンクのクラウドシステムの構築も検討している。多数の雨水タンクをIoTで結び、貯水量などを一括でモニタリングできるようにすると、大災害で断水した時にもどこで水が入手できるかわかる。また、まとまった雨が降る前にはあらかじめクラウドシステムで古い水を捨てておき、新しい雨をためると洪水の緩和にもなり、良質な水を資源として活用できるのだ。

 「雨水利用の利点をしっかりと伝え、さまざまな分野の人々を巻き込んでいくことが、私の研究者としての役割だと思っています」

飲んでみたいと思う雨水サイダーを

 笠井さんは、雨水利用について広く知ってもらうための活動にも力を入れている。2018年と2019年には、小学生~高校生を対象として赤島で雨水生活を体験してもらうツアーを実施した。実際に水道のない生活を体験することで水のありがたさを実感でき、大変好評だったという。

 また、福井市内の飲料メーカーの協力を得て、2021年には雨水を利用したドリンクを製造した。食品衛生法に基づく45項目の水質基準をすべてクリアし、販売可能な品質を達成している。

左から雨水サイダー、ソーダ、ウオーター。パッケージデザインは近藤さんが担当
左から雨水サイダー、ソーダ、ウオーター。パッケージデザインは近藤さんが担当

 人々に「飲んでみたい」と思ってもらうためのデザインは近藤さんの担当分野だ。初めは雨水利用のメリットについて半信半疑だったという近藤さんだが、笠井さんの熱意に動かされ、ともに赤島を訪れるなどプロジェクトに協力するうちに、唯一無二のパートナーになった。

人々の意識を変えることから始まる

 「水道ができる前は、みんな雨水を使っていたわけですよね」と語る笠井さん。「それをいつの間にか、私たちは忘れてしまったんです。水道の水じゃないといけないと思い込んでいますが、よく考えるとその水道の水も大元は雨水ですよね」。そのことに気付いていなのが、最も深刻な問題だと認識している。

 たとえ初期雨水が混じっていたとしても、トイレの洗浄や園芸に使用するのなら何ら問題はない。ところが、今はそんなところにも飲用水と同等の水質にするための処理がなされている。トイレだけで1日の水使用量の3割程度、すなわち赤島の人々が1日に使う量とほぼ同じになるというから、相当な無駄が出ているということだ。

 「水もそうですけど、SDGsを達成するためには日本人の意識を根本的に変えないといけないんです」と笠井さんは言葉に力を込める。水を通じて笠井さんと近藤さんは、これからも持続可能な社会に向けて発信を続けていく。

浄水装置について学生に説明する笠井さん。雨水利用に関心を持って福井工業大学に入ってくる学生もいるという
浄水装置について学生に説明する笠井さん。雨水利用に関心を持って福井工業大学に入ってくる学生もいるという
笠井 利浩(かさい・としひろ)

笠井 利浩(かさい・としひろ)
福井工業大学環境情報学部環境食品応用化学科教授。
1995年山口大学工学研究科物質工学専攻博士課程修了。日本文理大学工学部助手、同学部講師、福井工業大学工学部応用理化学科講師、同大学経営情報学科准教授などを経て、2015年より現職。十数年にわたって雨水利用について研究し、その普及に努めている。

近藤 晶(こんどう・しょう)

近藤 晶(こんどう・しょう)
福井工業大学環境情報学部デザイン学科准教授。
2007年京都工芸繊維大学工芸科学研究科造形工学専攻修士課程修了。民間企業勤務を経て09年福井工業大学デザイン学科助教、15年同学科准教授。笠井教授とともに「しまあめラボ」を立ち上げ、デザインの力で雨水利用の推進を目指す。

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