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Well-beingのための価値共創とは≪西中美和さんインタビュー≫<特集 令和3年版科学技術・イノベーション白書>

2021.09.15

香川大学大学院地域マネジメント研究科教授の西中美和さん

 未来社会Society 5.0では、自然科学と人文・社会科学の知を融合した「総合知」を活用して、一人ひとりの多様な幸せ(well-being:WB)の実現を目指すことが重要だと令和3年版白書に示されている。では、WBを実現するには、どうすれば良いのだろうか。香川大学大学院地域マネジメント研究科教授の西中美和さんは、良いものを2人以上で共同してつくる「価値共創」の作業が役に立つと語る。

個人と社会の葛藤を解消するために

 人口減少が進み、社会や環境が大きく変化する成熟経済社会において、人の価値観はますます多様化している。さらに、災害や新型コロナウイルス感染症に直面する今、私たちにとってWBは重要な課題と言えよう。西中さんは、イノベーティブ(革新的)な考えを引き出し、価値、すなわち主観的に良いと思えるものを共創する研究を通じて、WBに向き合っている。

 WBについてはさまざまな定義があるが、西中さんは大きく2つに分けて考えている。

 一つは個人的WBで、狭義には人間の潜在能力が発揮できる可能性のある状態だ。もう一つは、社会的WBで、狭義には個人的な幸せをめざす機会が手に入る社会の状態で、個人が幸せな状態が将来も担保されていることだ。

 これらのWB間には葛藤があると西中さんは言う。例えば、個人的WB間では異なる個人の利害対立、社会的WBと個人的WB間ではごみの焼却炉は必要だが近所にはできてほしくない、というようなこと。社会的WB間では、ダム建設の候補地に保護すべき絶滅危惧種が住んでいる、といったことだ。

 こうしたWB間の葛藤をいかに解消するか、解消できないまでも、最低限いかにバランスをとるかを考えなければならないと西中さんは言う。「WB間のバランスをとるためには、価値共創のための場をつくり、皆に参加してもらうことが重要です。参加してもらうためには参加者の成長と受益というしくみが必要で、楽しくなければならないのです」と西中さん。

暗黙知の共有が重要

 価値共創の研究では、4、5人のチームをいくつかつくり、2時間程度の実験的なワークショップを行う。チームには、例えば「20年後のこの地域のあるべき姿を考える」といった、WBを達成するような課題を出す。その課題の答えを導く過程での発話を統計的に分析し、どのようなやりとり(相互作用)があれば価値あるアウトプットが生まれるのか、参加者の能力が伸び、リーダーシップが生まれるのかということを見いだしていく。

 「やり取りの中で、それまで意識していなかった自分の知識や解決策(暗黙知)がぱっと表に出てくることがあります。このような暗黙知を共有することが価値の共創には大変重要で、気づきの瞬間をとらえることが大切です。暗黙知を共有化する方法の一つとして、ワークショップがあると考えて取り組んでいます」(西中さん)

ワークショップ参加者の発話や意識を統計的に分析していく(西中さん提供)

 また、瀬戸内海では3年に一度、島々を舞台に瀬戸内国際芸術祭が開催されている。西中さんはそこで、外部者や内部者、両者をつなぐ仲介者がいかに関係し、地域のWBを目指す価値共創を実現しているかを調査している。芸術祭では、島のあちこちに芸術作品が置かれ、鑑賞者は作品を見ながら島自体も体験していく。大勢の人が訪問して話題にし、繰り返し訪問することが、島に暮らす人にとっては自らのアイデンティティーへの称賛につながる。それが地域のWBにおいて大切だと西中さんはとらえている。

未来は『創る』ものであり、『なる』ものではない

 「個人の主観的な幸せも重要ですが、社会全体が幸せでないとその中にいる自分も幸せではないと私は考えます。さらに、未来に生きる子や孫の世代も幸せでないと今の自分も幸せではないと思っています。未来は皆で能動的に『創る』ものであり、『なる』ものではないのです」(西中さん)。共同作業から未来像を試作し、その未来像から逆に現在を見たり考えたりするツールとして、西中さんは「SFプロトタイピング」という手法に注目している(後のコラム参照)。

 これから未来をつくる、若い世代へのメッセージを聞いた。「そうなってほしい未来と自分を楽しく考え、そこから逆算して今できることを考えるといいと思います。重要なのは、自分を参加者とし、自分ごととして考え続けることです」(西中さん)

 WBが実現できる社会は、特別な人によってつくられるわけではなく、一人ひとりが自分ごととして参加し、協働してつくり上げていくものだ。自分にとってのWBは何か、社会にとってのWBとは何か、どのような未来を創りたいのか。一人ひとりが自覚的に考えることが求められている。

西中美和(にしなか・みわ)

西中美和(にしなか・みわ)
香川大学大学院地域マネジメント研究科教授
2015年、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科修了。博士(知識科学)取得。同大学院大学研究員、総合研究大学院大学特任准教授などを経て、2019年10月より現職。

【コラム】SFプロトタイピングとは?

 SFプロトタイピングのSFはサイエンス・フィクションを指す。未来を想像して書かれた過去のSF作品の中には、後の世(=現在)の姿を言い当てているものが少なくない。SFプロトタイピングとは、「サイエンス・フィクション的な発想を元に、まだ実現していないビジョンの試作品=プロトタイプを作ることで、他者と未来像を議論・共有するためのメソッド」であるとされ、ビジネスの現場で脚光を浴び始めているという(宮本道人・難波優輝・大澤博隆編著『SFプロトタイピング-SFからイノベーションを生み出す新戦略』早川書房)。

 西中さんが同書の編著者である、筑波大学システム情報系助教の大澤博隆さん、同研究員であり作家の宮本道人さんらと試験的に実施したSFプロトタイピングのワークショップを見学した。

 まずテーマを決める。司会の宮本さんが参加者からキーワードを募り、参加者と対話しながらつながりのなさそうなキーワードどうしを組み合わせて全員の発想を広げ、未来の物語をつくっていく。

 「どの企業にとっても、何十年後にどんなニーズがあるかを考えるのは、簡単ではありません。そんなときに、未来像を紡ぎ出す手法として脚光を浴びつつあるのがSFプロトタイピングです。自由にアイデアを出しながら、未来のビジョンを共同で小説を書くようにしてつくっていきます。そして、描き出された未来像から逆算して現在を、そして現在なすべきことを考えるのです。議論の途中で明確になった課題や必要とされる技術的要素も重要です。これはビジネスだけでなく、より幅広い場面で活用できる手法だと思います」(宮本さん)

ワークショップの様子。左手前から∩の順に、大澤さん、西中さん、宮本さん、日本科学未来館科学コミュニケーターの宮田龍さん、東京大学大学院教育学研究科准教授の清河幸子さん

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