「困難を乗り越え、最後の打ち上げはきれいだった」――。大型ロケット「H2A」最終50号機が、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。政府の温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」を所定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。2001年から運用されたH2Aは、わが国の大型機で初めて50回もの打ち上げを重ねた。うち失敗は03年の6号機のみ。技術の信頼性を高めた名機が有終の美を飾り、新エンジンを搭載し効率化を進めた後継の「H3」に道を譲った。

「50番目の初号機」確実、丁寧な作業実る
50号機は、先月29日午前1時33分3秒に打ち上げられた。約7分後に1段、2段機体を分離。2段エンジンの燃焼を正常に行った後、打ち上げの約16分後、高度約671キロでいぶきGWを、地球を南北に回る太陽同期準回帰軌道に投入した。
打ち上げは昨年度に予定されたが、いぶきGWの一部の海外製部品の修繕が必要となり、開発が遅れた。いったん先月24日に予定されたものの、H2Aの点検中に2段機体の電力分配装置の不良が発覚し交換したため、さらに延期していた。

H2Aの最後とあって、打ち上げ後の会見で関係者はそれぞれに、思いの丈を口にした。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長は「開発したJAXAとして、非常に感慨深い。初号機を実現させた諸先輩、着実な運用と高い信頼性を実現した三菱重工業をはじめ、携わった全ての皆様の努力と挑戦の賜物(たまもの)だ。技術と経験をH3に受け継ぎ、日本の宇宙輸送システムの技術向上を果たしていく」と述べた。
打ち上げを執行した三菱重工業の五十嵐巖(いわお)宇宙事業部長は「星空の下、きれいな打ち上げだった。これまで一つ一つの打ち上げが安定して見えたかもしれないが、(H2Aは)いろいろな困難を乗り越えてきた。尽力、応援してくださった皆様に感謝している」と語り、安堵(あんど)の表情を見せた。
「会社生活の全てをH2Aに費やしてきた」という同社の鈴木啓司打上執行責任者は「絶対に失敗できないプレッシャーは毎回変わらないが正直、今まで以上に緊張した。打ち上げの数日前、作業者の朝礼で『50番目の初号機のつもりで取り組もう』と言葉をかけた。今までやってきたことを確実、丁寧にやっていこうと考えた」と振り返った。
H2Aの成功率は98%となった。国際宇宙ステーション(ISS)の物資補給機「こうのとり」を搭載し全9機が成功した強化型の「H2B」と、初号機が失敗し2~5号機が成功したH3を合わせ、H2A以降の国産大型機の成功率は96.87%となった。
暮らしや環境、安全保障、科学…支えた四半世紀
H2Aは宇宙開発事業団(現JAXA)が開発した、2段式の液体燃料ロケット。初の純国産大型機「H2」の後継機として2001年に初めて打ち上げた。固体ロケットブースターが2本の標準型と4本の強化型がある。全長53メートル、標準型の重量289トン。打ち上げ能力は2段の性能を高めた高度化機体で最大4.8トン(静止遷移軌道、赤道付近で打ち上げた場合の換算値)。
わが国が外国の都合に左右されず、自力で宇宙を利用できることが重要だ。そのための政府の「基幹ロケット」の主力として、H2Aは暮らしに身近な気象衛星や測位衛星、防災や環境、安全保障のための衛星をはじめ、宇宙科学のための小惑星探査機「はやぶさ2」、月面着陸機「スリム」など多彩な衛星、探査機を宇宙に送り出してきた。2007年に打ち上げ業務をJAXAから製造者の三菱重工業に移管し、商業打ち上げ市場に参入。海外の衛星や探査機も5回にわたり打ち上げている。
後継のH3は、今世紀に入って進んだ衛星の大型化に対応し、コストを低減して市場での国際競争力を高めるといった目的で開発された。2023年3月以降、H2AとH3を併用する移行期間となっていた。
政府の宇宙基本計画工程表によると、今年度のH3の打ち上げは4回を計画している。こうのとりの後継機「HTV-X」初号機と、日本版GPS(衛星測位)システム「みちびき」を支える準天頂衛星5、7号機を打ち上げる。また、固体ロケットブースターを装備しない最小形態のH3を、初めて打ち上げる。ブースターなしは国産大型機で初めてとなる。
液体燃料ロケット、国産化も苦難重ねる
ロケットには燃料のタイプによって主に、燃料と酸化剤を混ぜ固めて使う固体燃料ロケットと、液体の燃料と酸化剤をエンジンの燃焼室で反応させる液体燃料ロケットの2方式がある。前者は仕組みがシンプルで運用しやすく、小型衛星の打ち上げに多用される。
わが国のロケットは旧軍により、兵器開発として開始。敗戦による断絶を経て、固体燃料ロケットについては東京大学の糸川英夫氏が主導し1955年に実験に成功した、長さ23センチの「ペンシルロケット」で再開している。その後、現在のJAXA宇宙科学研究所を中心に技術を磨き、性能を世界最高水準に高めた。現役の基幹ロケットではJAXAの「イプシロン」が固体燃料式で、改良型の「イプシロンS」を開発中だ。
一方、液体燃料ロケットはエンジンを持ち仕組みが複雑だが、飛行を精密に制御できる。特に軌道投入の正確さが求められる気象衛星や通信衛星など、大型静止衛星の打ち上げには欠かせない。戦後日本の液体燃料ロケットは米国からの技術導入で幕を開け、独自技術と国産化を目指して歩んできた。1969年に発足した宇宙開発事業団は当初、「N1」を米国の「デルタ」ロケットの技術に頼って開発。その後「N2」「H1」を経て94年、H2で純国産化を果たした。

だが、そのH2は開発段階からエンジンのトラブルに悩まされ続けた。1998年の5号機は、2段の燃焼時間が短く、衛星を予定の軌道に投入できなかった。翌99年には8号機が、1段エンジンの破損により失敗。7機を打ち上げて退役した(製造は8機で、うち7号機が打ち上げ中止)。H2の反省を生かし、基本設計を保ちつつ信頼性を高め、コストを削減するべく開発されたのがH2Aだ。エンジンは、配管の工夫や溶接部分の削減を進めた。
エンジン設計思想の一大転換点

1段エンジンは打ち上げから5分ほどにわたり、機体が地上付近の大きな重力に打ち勝って上昇し続ける推進力の主役を務める。液体燃料ロケットの信頼性や性能、コストを大きく左右する、開発の要だ。
エンジンには内部のタービンの駆動方式などにより、いくつかのタイプがある。H2とH2A、H2Bの1段エンジンは「2段燃焼式」を採用した。副燃焼室を持ち、燃料の水素を文字通り2段階で燃焼させるもので、燃料を無駄なく使い燃費が良いが、制御が複雑になる。H2の8号機で飛行中に破損したが、その後は安定をみせてきた。H2Aは2003年に6号機のみが失敗したが、原因はエンジンではなく、固体ロケットブースターが分離できなかったことだ。7号機以降、H2Bと合わせ連続53回にわたり打ち上げに成功したことは、国産エンジン技術の成熟を物語る。H2Bは1段エンジンを2基搭載し9回打ち上げたので、2段燃焼エンジンが62基連続成功したとも言える。
一方、H3の1段エンジンは2段燃焼式ではなく、日本が独自に開発し、H2以降の2段エンジンで実績のある「エキスパンダーブリード式」を採用した。この仕組みでは、ポンプを動かした分の水素は燃焼させず捨てる。そのため燃費が多少落ちるものの、副燃焼室がなくコスト削減と信頼性向上が図れる。開発が難航したものの、2段エンジンの電気系統の問題で打ち上げに失敗した初号機も含め、直近の5号機まで全て正常に機能している。

三菱重工業の鈴木氏は「2段燃焼エンジンは世界最高水準の効率を目指した。その分、開発は難しかったが、これにより日本はロケットエンジンの開発能力を飛躍的に磨けた。一方、エキスパンダーブリードエンジンは非常にロバスト(頑健)で、万一の故障時にも爆発せず静かに推力を落としていくという、本質的な安全性を持つ。高効率エンジンの開発技術は、2段燃焼エンジンで一定のレベルを獲得できた。次にロケットに必要になるのは“本質安全”だと考えた結果、1段にもエキスパンダーブリードを採用することになった」と説明した。

2段燃焼式の30年に及ぶ実績を経て、エキスパンダーブリード式へ。このバトンタッチは、国産1段エンジンの設計思想の一大転換点となっている。こうしてH3に後を託したH2Aは、日本の技術が歳月をかけて完成度を高めた、疑いなく歴史に残る名機となった。
最後に1段落だけ、筆者の私的な思いをつづることをお許しいただきたい。2013年の22号機以降、H2Bと合わせて20回ほどの打ち上げを種子島で取材した(いずれも前職の新聞記者として)。「うらやましい」とも言われるが、記者に現地で楽しむ余裕はなく、原稿その他で胃の痛む思いが続いた。そんな中ふと、プレスセンターから3キロ離れた発射地点に立つH2Aに、そっと見守られている気がしたものだ。昨年9月、愛知での機体取材で、出荷目前の50号機に「今までありがとう」と心で声をかけた。「お前、もっと勉強しろよ」と言い返された気がした。
温室効果ガスと水循環捉え、世界に貢献へ
50号機が打ち上げた、いぶきGWも要注目だ。2012年に打ち上げた水循環変動観測衛星「しずく」と、18年の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき2号」の共通の後継機。それぞれの観測装置を高度化して搭載し、気候変動の把握などに活用する。環境省と国立環境研究所、JAXAが共同開発し、三菱電機が設計、製造した。開発費は打ち上げ費用を含め481億円。いぶきGWは愛称で、正式名は「GOSAT(ゴーサット)-GW」。
JAXAは今月1日、いぶきGWが運用に必要な態勢を初期に整える「クリティカル運用期間」を無事に終えたことを明らかにした。搭載機器の機能確認を進め、1年後に本格観測に入る。

しずくの後継機として、気候変動に伴う地球の水循環の変化を把握し、予測や対策に役立てる。搭載した観測装置「高性能マイクロ波放射計3」(AMSR3=アムサースリー)は地表や海面、大気などから放射されるマイクロ波から、地球の水の状況を捉える。しずくのAMSR2(ツー)に比べ観測する波長帯が広がり、降雪や上層の水蒸気を捉えられる。データは各国の気象機関の予報にも活用するほか、漁業や船舶の運航などに役立てる。
いぶき2号の後継としては「温室効果ガス観測センサ3型」(TANSO-3=タンソスリー)を搭載し、大気中の二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガスを観測する。気候変動問題の国際的枠組み「パリ協定」に基づく各国の排出量の検証のほか、都市圏や発電所といった大規模排出源の監視などに使う。いぶき2号とは別の観測方式を採用することで、CO2やメタンなどをより精細に捉えるほか、新たに二酸化窒素の観測も可能になる。

AMSR3のデータは米国でも、米海洋大気局(NOAA)を通じて政府機関や大学などで活用される。NOAAのステファン・ボルツ衛星情報サービス長官補は会見で「(しずくの先代などを含む日本の)AMSRシリーズのデータは20年以上にわたり、水循環観測のゴールドスタンダード(優秀な模範)になっている。AMSR3により、国際社会に新たな重要な機会が開かれた。JAXAとNOAAが連携し、そのデータを活用するのが楽しみだ」と期待を込めた。
衛星による環境、大気観測で、日米の連携は活発だ。AMSRシリーズは米国の衛星にも搭載され、しずくなどと共に日米仏の地球観測衛星コンステレーション(隊列)「Aトレイン」を構成してきた。また、米航空宇宙局(NASA)とJAXAは「全球降水観測計画(GPM)主衛星」を共同開発し、2014年にH2Aで打ち上げた。
NOAAのボルツ氏は「Aトレインではそれぞれに価値のある衛星を組み合わせ、さらに強力な観測システムが実現した。またGPMには自ら観測するのに加え、他の十数基の衛星の観測データを較正する役割もある。データを連携させることで観測対象についてより多く学べ、さらに大きな価値が生まれているのだ。日本の地球観測への貢献は非常に影響力があり、協力関係の好例となっている」と意義を強調した。
関連リンク
- 三菱重工業プレスリリース「H-IIAロケット50号機による温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)の打上げ結果について」
- 三菱重工業「MHI打上げ輸送サービス」
- JAXA「H-IIAロケット50号機SPECIAL SITE」
- JAXA「COUNTDOWN GOSAT-GW×H-IIAロケット50号機 特設サイト」
- JAXA「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」
- 三菱電機「温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)」
- NASA「The Afternoon Constellation」(Aトレイン=英文)