20年余りにわたり日本の宇宙開発利用の屋台骨を支えてきた大型ロケット「H2A」が、今年度に最終50号機を打ち上げて退役し、後継機「H3」に道を譲る。三菱重工業は50号機の機体を報道陣に公開する一方、49号機の打ち上げを成功させた。日本の大型ロケット史上、50回も打ち上げた機種は前例がない。歴史の節目に、関係者は「われわれを育ててくれたロケットであり、別れは寂しい」と感慨を語りつつ、最後の打ち上げに向け気を引き締める。
第1段37メートル、間近に見る巨体
50号機は、伊勢湾奥に面した愛知県飛島(とびしま)村にある同社工場で、先月25日に公開された。対象は2段構成の機体のうち、打ち上げ後6分ほどエンジンを燃焼する第1段と、その後に燃焼する第2段、両者をつなぐ段間部だ。H2Aは全長53メートルで、そのうち第1段が37メートル、第2段が11メートル。鹿児島県の種子島宇宙センターでは打ち上げを3キロ離れた場所から取材するだけに、筆者を含む記者たちは巨体を間近にし、思わず「おおっ」と歓声を漏らした。
H2Aはわが国初の純国産大型ロケット「H2」の後継機として、2001年から運用されてきた。宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構=JAXA)が開発し、07年に打ち上げ業務をJAXAから製造者の三菱重工業に移管した。強化型のH2B(09~20年)と合わせると実に57機が成功しており、98.27%の高い信頼性を誇る。
政府の基幹ロケットとして、暮らしに身近な気象衛星や測位衛星、防災や環境、安全保障のための衛星をはじめ、宇宙科学のための小惑星探査機「はやぶさ2」、月面着陸機「スリム」など多彩な衛星、探査機を宇宙に送り出してきた。海外の衛星も5回にわたり打ち上げた。昨年3月にH3の運用が始まって以降、H2AとH3を併用する移行期間となってきた。
「どれ一つとして易しい打ち上げはなかった」
H2Aに開発当初から携わってきたという同社の田村篤俊宇宙事業部マネージング・エキスパートは「初号機に始まり、6号機の失敗、7号機の成功など、非常に思い出深い。どれ一つとして易しい打ち上げはなかった。いずれもかなりの緊張を乗り越え、成功してきた」と振り返り、「協力、応援して下さった方々に50号機の成功を届けることがわれわれの最後の使命だ」と気を引き締める。穎川(えがわ)健二H2Aロケットプロジェクトエンジニアも「もちろん寂しい。最終号機であることを必要以上に意識せず、有終の美を飾りたい」と語る。
50号機は報道公開後、先月27日に船で種子島へと出荷された。なお機体上端の人工衛星を覆うフェアリングは川崎重工業が兵庫県内で、第1段に取り付ける固体ロケットブースターはIHIエアロスペースが群馬県内で製造。それぞれ船で種子島に運び、最終的に組み立てる。三菱重工業は機体に、最終号機を記念するデカール(シール)を貼り付けるという。
50号機機体の取材時、すぐ横には製造中のH3ロケット5号機の機体も横たわっていた。H2Aの第1段に「NIPPON」、H3に「JAPAN」と大書されて並んでいるのは、明らかに世代交代を象徴している。だが今回、H3はやむを得ず一部が写り込むほかは撮影禁止。読者にもっとクリアな“歴史的激レア”写真をお届けしたかったのだが…。
49号機成功、続く打ち上げへ“弾み”
一方、一つ前の49号機は政府の情報収集衛星レーダー8号機を搭載し先月26日、種子島宇宙センターから発射。衛星を所定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。
当初は先月11日に計画したが、悪天候が続き、半月にもわたり延期された。H2A単独の成功率は97.95%。全9機が成功したH2Bと、初号機が失敗し2、3号機が成功したH3を合わせ、H2A以降の成功率は96.72%となった。
H3初号機の失敗は、第2段エンジンの電気系統の異常によるものだった。原因となった可能性がある3通りの要因について、絶縁処置や検査強化などの対策を講じ、2、3号機は連続成功している。これらの要因のうちH2Aに共通するものについて、50号機にも対策を講じた。
H2AとH3を合わせ、5機連続の成功となった。今月26日に打ち上げられるH3の4号機と、H2A最終50号機の成功に向け、弾みを付けた形だ。
開発の歩み…技術導入から国産化へ
50号機に達するH2Aは疑いなく、日本の科学技術が歳月をかけて完成度を高めた、歴史に残る逸品だ。新聞報道には「名作」との表現も見受けられる。その進歩は例えば、ロケットの心臓部であるエンジンの開発に見いだせる。
そもそもロケットは燃料により、固体式と液体式の2種類に大別される。JAXAの「イプシロン」などの固体燃料ロケットは仕組みがシンプルで運用しやすく、小型衛星の打ち上げに多用されている。簡単に言えばロケット花火で、ひとたび点火すると燃料が尽きるまで止まらない。これに対し、液体燃料ロケットはエンジンを持ち仕組みが複雑だが、飛行を精密に制御できる点で有利だ。特に、軌道投入の正確さが求められる気象衛星や通信衛星など、大型静止衛星の打ち上げには欠かせない。
H2AやH3、イプシロンは現在、基幹ロケットと呼ばれる。わが国が必要とする衛星や探査機を外国の都合に左右されず、自国で打ち上げるため開発、運用されてきた。
戦後日本の液体燃料ロケットは、米国からの技術導入で幕を開け、独自技術と国産化を目指して歩んできた。1969年に発足した宇宙開発事業団は当初、液体燃料ロケット「N1」を米国の「デルタ」ロケットの技術に頼って開発。その後「N2」「H1」を経て1994年、H2でようやく純国産化を果たした。
エンジン技術の成熟を物語る、長期の連続成功
だが、そのH2は開発段階からエンジンのトラブルに悩まされ続けた。1998年の5号機は、第2段の燃焼時間が短く、衛星を予定の軌道に投入できなかった。翌99年には8号機が、第1段エンジンの破損により失敗。7機を打ち上げて退役した(製造は8機で、うち7号機が打ち上げ中止)。H2の反省を生かし、基本設計を保ちつつ信頼性を高め、コストを削減するべく開発されたのがH2Aだ。エンジンは、配管の工夫や溶接部分の削減を進めた。
H2とH2A、H2Bの第1段エンジンは「2段燃焼式」を採用した。副燃焼室を持ち、燃料の水素を文字通り2段階で燃焼させるタイプで、燃料を無駄なく使い燃費が良いが、制御は複雑。H2Aは2003年に6号機のみが失敗したが、原因はこのエンジンではなく、固体ロケットブースターが分離できなかったことだ。また7号機以降、H2Bと合わせ52回にもわたり連続で成功していることは、エンジン技術の成熟を物語るだろう。
田村氏は、H2Aに格別の意義を見いだしている。「かつては開発して技術を習得して終わった観があったが、H2Aではわれわれ(三菱重工業)は最初、メーカーとして進め、2007年からは(打ち上げの)サービス事業者となり、責任が強くなって育てられてきた。技術開発からビジネスへとつながる価値があった」
なおH3の第1段エンジンは2段燃焼式ではなく、日本が独自に開発し、H2以降の第2段で実績のある「エキスパンダーブリード式」を採用した。この仕組みでは、ポンプを動かした分の水素は燃焼させず捨てるため、燃費が多少落ちるものの、副燃焼室がなくコスト削減と信頼性向上が図れる。トラブル時にも爆発しない構造という。このエンジンは開発が難航したものの、失敗した初号機も含め、これまで全て正常に機能している。
H2A最終50号機が搭載するのは、JAXAの温室効果ガス・水循環観測技術衛星。しかし今回ばかりはロケット開発者はもちろん、一般国民を含め、宇宙開発利用を取り巻くさまざまな人の、いつにも増して熱い思いを背負い込むことになりそうだ。
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安全保障上の懸念高まる中、情報収集衛星打ち上げ
H2Aロケット49号機が先月26日、打ち上げに成功した情報収集衛星は、安全保障や大規模災害対応などの危機管理のため、地上を観測するもの。北朝鮮の軍事施設などを監視する事実上の偵察衛星とされ、性能は非公表。カメラを搭載した光学衛星と、電磁波を出してその反射を捉え、夜間や悪天候でも観測できるレーダー衛星の2タイプがある。
今回打ち上げたレーダー8号機は6号機の後継機で、開発費は約311億円、打ち上げ費用は約118億円。運用する内閣衛星情報センターによると、性能は運用中のレーダー7号機と同等という。北朝鮮がミサイル発射を繰り返す中、先月25日には中国が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し太平洋の公海上に着弾させるなど、北東アジア地域の安全保障上の懸念が高まる中での打ち上げとなった。
同センターの納冨中(のうどみ・みつる)所長は打ち上げ後の会見で「安全保障環境は年々厳しさを増し、また近年、大きな自然災害が発生している。宇宙からの情報収集能力を着実に拡大していくことが重要だ」と指摘した。
政府は光学、レーダー衛星各2基を維持し、地上の特定地点を1日1回観測できる態勢を整えている。観測運用中の衛星は設計上の寿命を過ぎたものを含め光学4基、レーダー5基の計9基と、観測データを地上受信局に転送する「データ中継衛星」の1基。撮影頻度を高めるための衛星を加えた10基態勢を2029年度にも構築する。
情報収集衛星に不測の事態が発生した際に代替となる「短期打ち上げ型小型衛星」の実証機を今年3月に打ち上げたが、搭載した民間ロケットの失敗により喪失した。代替機を開発するかなどの対応は検討中という。
関連リンク
- 三菱重工業プレスリリース「H-IIAロケット最終号機となる50号機のコア機体が完成 名古屋航空宇宙システム製作所 飛島工場から出荷へ」
- 三菱重工業プレスリリース「H-IIAロケット49号機による情報収集衛星レーダ8号機の打上げ結果について」
- 三菱重工業「MHI打上げ輸送サービス」
- JAXA「H3ロケット」
- 内閣衛星情報センター
- JAXA「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」