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ADHDの子の保護者向けトレーニング 沖縄科技大が開発

2025.01.27

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 注意欠陥多動性障害(ADHD)は、周囲との発育の差に保護者が違和感を持つことによって診断に結び付く、発達障害の一種だ。ADHDの子育てが難しく不安を感じている保護者に対処し、子どもの行動への理解を深めて心理的負担を減らし、新たな子育てスキルを修得してもらうことに、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループが取り組んでいる。広く普及すればADHDの子を抱える保護者にとって希望となるかもしれない。

小中学生の約5%、公立高校生の約1%がADHD

 ADHDは文部科学省の定義で「年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすもの」とされる。例えば車を降りる際に周囲の安全を確認せずにドアを開けた瞬間に飛び出したり、手順に従った行動ができなかったり、列に割り込んでしまったりと、生活の様々な場面でトラブルを起こしやすい。

ADHDの子どもは周りから浮いたり、社会的なトラブルを起こしたりしやすく、保護者も適切な対応に迷うことが多いとされる
ADHDの子どもは周りから浮いたり、社会的なトラブルを起こしたりしやすく、保護者も適切な対応に迷うことが多いとされる

 ADHDの子どもが学校に通い始めると、学業面や生活面において、やらなければならないことが増え、年齢に応じて求められる行動を取れないことが目立ってくる。そのため、保護者が「子育てしにくい」状態になりやすい。放置(ネグレクト)や暴力といった虐待のリスク要因との指摘もあり、適切な対応が求められるが、ADHDの子どもに対する支援は増えてきているのに対し、保護者向けの支援は限られていることが課題とされてきた。

 文科省の教員へのアンケート調査によると、全国の公立の小・中学校の通常学級では4.7%、公立高校の1.4%の児童・生徒がADHDの定義に当てはまるとしている。ADHDの治療には薬物治療と心理社会的治療があり、学齢期ではまず心理社会的治療を行うことが推奨されている。

保護者に寄り添う支援 英国のトレーニングを応用

 今回、OISTの島袋静香研究員(発達神経生物学ユニット)らは、英国で1993年に開発されたADHDの子の保護者向けトレーニングを応用し、日本でも使えないかと2013年から研究に取り組んできた。心理社会的治療の一つで、子どもの望ましい行動を促すための様々な方法を保護者が実践を通して学ぶことができる。望ましくない行動が起きている環境や、そのような行動が起きた後の対応法を見直すことで、子どもの行動変容を目指す。

 保護者は週に1回、2時間のプログラムを13回受ける。前半は「保護者のセルフケアとスキルアップ」に重きを置き、後半はADHDの心理教育に加え、行動を理解するコツや褒めるといった「報酬」の使い方、かんしゃくと向き合うことなどについて学ぶ。

OISTが開発した保護者向けプログラム。様々な観点から子育てをサポートする仕組みになっている(島袋静香研究員提供)
OISTが開発した保護者向けプログラム。様々な観点から子育てをサポートする仕組みになっている(島袋静香研究員提供)

 前半に日本独自の内容として、「保護者が自分自身のことを客観的に知る」というものを組み込んだ。開発初期のころ、島袋研究員が保護者のプログラムに対する要望をヒアリングしたところ、子どもと接していると湧き起こってくる考えや気持ち、行動について保護者が理解することが重要だと感じたため、入れたという。

 第3回「認知の再構成」のセッションでは、保護者自身の考え方に対する気づきを促す。これまでの経験によってパターン化された物事の捉え方を意識することで、いつもと違った視点でそれらを見直してもらう。これにより、気持ちを前向きにし、問題行動の解決に向けた行動をとりやすくするというものだ。

 このほかにも、第12回「ソーシャルストーリー」のセッションでは、社会一般的なルールやマナー、暗黙の了解として皆が理解していることを、短い話を使って子どもに教える技法を学ぶ。例えば、「咳をするときは口を押さえる」や「何かしてもらったときに『ありがとう』をいう」というような日常生活でとるべき行動が挙げられる。また、行動によって周りの人がどう感じるかという相手の気持ちの理解を促すことも技法に含まれる。

 島袋研究員によると、「保護者が我が子のADHDについて理解することが支援の鍵になる」との考えから、全13回を通して、ADHDが行動に与える影響やADHDの症状には単純に当てはめられない関連行動、我が子に対する保護者自身の気持ちや考えなどを対話によって理解していくプログラムに仕上げた。そのため、ADHDの障害の軽重に関係なく参加できる。

子育てのスタイル改善 家族の負担感も軽減

 このプログラムを福井・福岡・沖縄の医療機関3施設で2019年8月から22年3月に実施した。一定の条件を満たすことを医師が確認した6~12歳のADHDの子どもの母親が参加した。平均年齢は40.2歳だった。参加者を2グループに分け、医療機関で通常提供されている医療サービスを自由に受診できる状態で、プログラムに参加した群とそうでない群を比較した。

 その結果、受講直後と3ヶ月後で参加群の方が、有意に育児ストレスが低下していた。子育てのスタイルにも変化があり、子育てへの自己効力感が増加していた。さらに、3ヶ月後の調査によると、「家族の重圧感」を示すスコアも減少していることが分かった。受講した本人だけでなく、家族にも良い影響が表れることを示した形だ。

 なお、プログラム実施中は新型コロナウイルスが猛威を振るっていた頃だったため、参加辞退する保護者もいたが、少数だったという。島袋研究員は「参加者が大きく減ることを覚悟していたが、そうでなかった」と振り返り、その理由を「プログラムが有益であると感じ、参加者同士のサポートやネットワークが保護者のニーズにマッチしていたからではないか」としている。

保護者向けのトレーニングについて説明する島袋静香研究員(沖縄科学技術大学院大学提供)
保護者向けのトレーニングについて説明する島袋静香研究員(沖縄科学技術大学院大学提供)

保護者の受け入れ態度に変化 子育てに自信を持てるように

 参加者の感想の多くは子どもの行動の問題そのものが改善したということよりも、保護者として子どもに対する気持ちが前向きになったというものが多かった。自分の子育てを責める態度で臨んでいた保護者が自信を得られるようになり、保護者と子どもの双方にとって良い環境を生み出せているようだ。公表に許諾を得られた保護者の声からもそれがうかがえる。

 例えば、「この子が中学校になったときは、ぐれるのが当然だろうなと確信があって。老後にはこの子に刺されるなと思っていました。『普通』という枠にものすごく当てはめようとしていて、それがストレスになり、娘をかわいいと思えることは少なかったです。私はこの子を愛しているのだろうかって思うことがずっとありました」という母親。

 今回、プログラムに参加し、「一番はじめに普通の保護者より(ADHDの子がいる保護者の方が)ストレスがかかっているという研究結果を聞いたとき、気持ちがスーッとした。娘のことを理解していく上で、あー、この子はこんな子だったのか、こうすれば良かったのか、こんなに頑張ってたんだ、っていうことが分かってきて、それがすごく娘に対する愛情に変わってきた。周りからの評価を気にしていたのだと思う。怒っていた理由が、私の見栄だったのだなって」と自己分析できるようになっていた。

 別の母親からは「演習が苦手だったので、参加を決めたあともすごく不安で、夫に『無理』と言っていたときもあった。3ヶ月も『長い』と話をしたが、いざ始まるともっと1年くらいあればいいのにと。習えば習うほど、自分ができること、考えることがもっとあるのではないかなと思えた」と、プログラムの修了を惜しむ声もあった。

質の高いトレーニング 提供者増やしたい

 島袋研究員らはこれらのトレーニングを全国で実施するためにマニュアルを作った。ただし、場所を増やそうとして質が低下してはいけないので、どのように研修などを実施すれば良いか検討している最中だという。

今後、より多くの地域で質の高いトレーニングを実施していきたいという島袋静香研究員(沖縄科学技術大学院大学提供)
今後、より多くの地域で質の高いトレーニングを実施していきたいという島袋静香研究員(沖縄科学技術大学院大学提供)

 現在、トレーニングを受けられるのは沖縄県金武町(きんちょう)の国立病院機構琉球病院と、福岡県発達障がい者(児)支援センターLife(同県春日市)の2拠点のみ。現在、日本の政策は「障害者を地域で」と掲げるものの、実際は資源や人材が不足している。そのことについて島袋研究員は、「障害者福祉にかけられる自治体の予算や人的資源は限られているため、よりニーズに応じた支援の提供が可能になるよう予算を有効活用して、より専門的なトレーニングを受けた人材を確実に増やす方策を考えたい」という。

 そして、現行制度上このトレーニングを公的医療の枠組みで提供できないことについて、「診療報酬上の算定がないために、地域の医療機関で気軽にトレーニングを受けられる環境が整っていないので、トレーニングの公的医療保険への適用を後押しするような研究を今後も行っていきたい」としている。

 筆者も障害者施設実習などでADHDの方と接したことがあるが、24時間365日の養育となれば想像を絶する大変さだと感じた。気を抜けない緊張感は、一時的に子どもと仕事などで接することと、日々長時間関わることではストレスの度合いが全く異なるだろう。そんな養育者の心を解きほぐす一助となれば、保護者にとっても、子どもにとっても非常に良いトレーニングになりそうだ。

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