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光照射で細胞を好きな場所に接着し、免疫によるがん攻撃を観察 阪大など

2024.03.29

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 光を照射して生きた細胞をひとつずつ好きな場所に瞬時・精密にくっつける技術を、大阪大学産業科学研究所の山口哲志教授(生体機能関連化学)らのグループが開発した。この技術により、免疫細胞ががん細胞を攻撃する様子をリアルタイムで観察することができた。がんなどの治療から産業まで幅広い分野で応用が期待できるという。

赤く染色した細胞と青く染色した細胞を並べて作成した大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク(東京大学工学系研究科博士課程2年梅田侑生さん作成)
赤く染色した細胞と青く染色した細胞を並べて作成した大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク(東京大学工学系研究科博士課程2年梅田侑生さん作成)

これまでは狭い穴に閉じ込めたり噴霧したり

 抗がん剤治療後の再発を起こす理由として、がん細胞の不均一性がある。抗がん剤の治療効果ががん細胞ごとに異なるため、一部のがん細胞には薬剤耐性があり、生き残ってしまう。不均一性のある細胞集団を対象として正しく薬効などを調べるには、理想的には細胞ひとつずつを観察できる「1細胞解析」が必要となる。

 1細胞解析の技術には、微細な穴(マイクロウェル)や流路に置いた構造物(マイクロ流体)で狭い空間に細胞を閉じ込める方法があるが、形状変化が見られない。電極で細胞を捕まえる方法(誘電泳動法)、1細胞ずつ噴霧する方法(インクジェットプリンター法)では、細胞が基板に接着すれば観察可能だが、血液中の白血球など浮遊細胞だと観察中に流れて視野から消えてしまう。

20年かけてスイッチング機能を実現

 山口教授は2005年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。東京大学時代の2010年ごろには、水に溶けやすい高分子ポリエチレングリコール(PEG)と疎水性の脂質、その間に光で分解する連結分子(リンカー)を挟んだPEG脂質をガラスに塗った基板を合成(第1世代)。脂質2重層である細胞膜と脂質が相互作用してくっつく一方、光を照射した部分はリンカーが分解して外れ、細胞とくっつきにくい特性があるPEG部分が表層に出ることで細胞が離脱すると確認した。

光の照射で細胞が離脱するポリエチレングリコール(PEG)脂質の構造式と模式図。緑線がPEG、赤線が脂質、青い六角形が光分解性リンカーを示す(大阪大学の山口哲志教授提供)
光の照射で細胞が離脱するポリエチレングリコール(PEG)脂質の構造式と模式図。緑線がPEG、赤線が脂質、青い六角形が光分解性リンカーを示す(大阪大学の山口哲志教授提供)

 2015年ごろからは教え子の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。片方の脂質にリンカーを付け、光照射すると、片方の脂質が消えて残った1つの脂質によって細胞をくっつける別のPEG脂質(第2世代)となった。

 2020年ごろには、PEGと脂質の間に置くリンカーを光で分解するものから、光の種類によって親水性と疎水性の性質が変化するものに変えることで、可視光照射で細胞が脱離し、紫外光照射でくっつく、スイッチング機能のあるPEG脂質(第3世代)を生み出した。

開発した3つのPEG脂質の模式図(大阪大学の山口哲志教授提供)
開発した3つのPEG脂質の模式図(大阪大学の山口哲志教授提供)

がん細胞と免疫細胞を並べて観察して治療効果を把握

 第2世代のPEG脂質を用いると、いつもは血管内などで浮遊している細胞を光を照射した場所にくっつけることができる。

 がん細胞の不均一性を調べるため、免疫を担うナチュラルキラー(NK)細胞とがん細胞をアレイの上にひとつずつ並べて相互作用を観察すると、NK細胞ががん細胞を殺す過程や、殺さなくても一部を取り込む過程を確かめることができた。がん治療の高度化への寄与が期待される。

緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた(大阪大学の山口哲志教授提供)
緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた(大阪大学の山口哲志教授提供)

細胞解析のプラットフォームをつくりたい

 医療のほかにも、昆虫の嗅覚受容体細胞を任意の配置で着脱できれば、特定の匂いに対する高感度センサーをつくることなどもできる。山口教授は「特定の分野に限らず、細胞の表現型を見る必要がある研究、細胞に何らかの操作を加えて、一部を回収するという必要がある研究や産業に資するプラットフォーム技術にしたい」と意気込む。

 情報産業では巨大IT企業5社からなる「GAFAM(ガーファム)」がプラットフォーマーとして注目を集めるが、1細胞解析技術も生物研究を支えるプラットフォーマーとして今後に期待したいと思う。

◇4月8日追記
本文の一部を訂正しました。

4段落目)
誤「山口教授は2000年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。」
正「山口教授は2005年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。」

5段落目)
誤「2015年ごろからは後輩の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。」
正「2015年ごろからは教え子の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。」

4つめの図版のキャプション)
誤「緑色に光るナチュラルキラー(NK)細胞が隣にあるがん細胞を殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた」
正「緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた」

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