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暗がりでも色を見分ける ヤモリの目の秘密を解明、京都大など

2021.10.15

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 普段の生活ではあまり気にならないが、ヒトは暗い所で色を見分けられないという。目の中にあるセンサー役の細胞がそうなっているからだ。一方、夜行性であるヤモリは、暗がりで色を見分けられるという。その仕組みを分子レベルで明らかにした、と京都大学などの研究グループが発表した。その巧みな適応に驚かされる。

トンネルを出ると一瞬、まぶしくなるワケ

 脊椎動物は物を見るために、眼球の奥にある網膜に像を映している。網膜にある無数の視細胞が、光の刺激を信号に変換して脳に送っている。その視細胞には明るい所で働く錐体(すいたい)と、暗い所で働く桿体(かんたい)の2種類がある。

 ヒトは錐体を3種類持ち、その中でそれぞれ赤、緑、青の光を感じるセンサー役のタンパク質(視物質)の一種「錐体視物質」が働いている。錐体は、他の多くの哺乳類が2種類、鳥や魚が4種類などと、多くの脊椎動物が複数種類を持っている。このため明るい所で色を見分けられるが、暗い所では錐体が働けない。一方、桿体は暗い所でかすかな光も感知するが1種類しかなく、色を識別できない。桿体では視物質「ロドプシン」が働いている。このように、人などの多くの哺乳類は明所で色を識別でき、暗所ではできない。

 錐体と桿体の違いについて、動物の光の利用を研究テーマにする京都大学理学研究科の山下高広講師(分子生理学)が、身近な例を教えてくれた。「車を運転して暗いトンネルから出る時、桿体が急に強い光を浴びて、一瞬だけまぶしくなってよく分からなくなる。その後すぐに錐体が働いて、明るい所の物の形や色が分かるようになる」という。

国内でお馴染みのニホンヤモリ。今回の研究では、これとは違い東南アジアなどに生息する夜行性のオオヤモリの遺伝子を使った(藤井星渚氏提供)

 例外の生き物の一つに、爬虫(はちゅう)類のヤモリがいる。多くは夜行性で、暗がりで暮らして害虫を食べるため「家の守り神」といわれ、名前の由来にもなっている。見た目の評価は分かれるにせよ、ありがたい生き物だ。その視細胞は他の脊椎動物と違い錐体がなく、桿体を3種類持っている。ロドプシンを持たない代わりに、桿体の中に赤、緑、紫の光を感じる錐体視物質を持つことが分かっている。

 ただし、ここで大きな疑問が湧く。通常、錐体視物質は明所で、ロドプシンは暗所で働く性質を持つ。ヤモリの桿体にロドプシンがないからといって、暗所で働けないはずの錐体視物質がそこにあるだけで代役が務まり、都合よく色を識別できるのだろうか。観察のデータから、実際にヤモリは3種類の桿体で色を識別しているようだが、一体どうやって。錐体視物質の性質を何らか変化させたと推測はできるが、確かめられてはいなかった。

ヒトとヤモリの視細胞、視物質の違い(京都大学提供)
暗がりでヒトは色を見分けられないが、ヤモリは見分けられる(京都大学提供)

光のセンサーを巧みにチューニング

 山下講師らの研究グループは、ヤモリの桿体で働く錐体視物質を詳しく調べる実験に挑んだ。着目したのは光への反応よりも、逆に光がない時の誤反応だ。視物質の中にある特定の分子は、光がなくてもまれに体温の熱に誤反応することがあるという。

 暗所では、わずかな光を感度よく認識しなければならないため、感度を鈍らせる誤反応は大敵だ。そこで脊椎動物のロドプシンでは誤反応を極力抑えている。一方、明所では目に強い光が入る分、感度を下げる必要があるため、むしろ錐体視物質の誤反応を多くすることが重要だ。

 そこで視物質を構成するアミノ酸を調べた結果、ヤモリの錐体視物質では、特定の数個のアミノ酸が置き換わっていることを突き止めた。こうして性質を変え、ロドプシンと同様に誤反応を低く抑え、暗所の視覚に適応させていたのだ。もともと明所のためのものだった視物質を暗所に適応させた。その結果、独自の3種類の桿体を暗がりで働かせ、暗いところで色を見分ける特技を獲得した。ヤモリは、昼行性であるトカゲの仲間から進化して夜行性となるにあたり、遺伝子をそのように変化させていた。

 センサーである視物質を巧みにチューニングすることで、視覚を上手に適応させたことが分かった。暗がりの害虫を上手に食べてくれる“家守り”の秘密は、こんなところにあったのだ。

さまざまな動物が環境の光に適応

 研究グループはさらに、熱帯にいる昼行性のヤモリも調べた。その目には、夜行性から進化した過程で桿体から変化してできた3種類の錐体があり、錐体視物質によって明るい所で色を見分けている。その錐体視物質の性質を調べたところ、明所での視覚に再適応していたことが分かった。

昼行性ヤモリへの進化と適応(京都大学提供)

 研究グループは京都大学、岡山大学、立命館大学、理化学研究所、神戸薬科大学で構成。成果は米科学誌「サイエンスアドバンシズ」に2日に掲載され、京都大学などが4日に発表している。研究は文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、武田科学振興財団ライフサイエンス研究奨励などの支援を受けた。

 研究グループはヤモリに先立ち、夜行性のカエルでも同様に、一部のアミノ酸の置き換えで視物質の性質が変わっていることを解明済みだ。山下講師は「自然界にはほかにも、生活パターンや深海や土壌などの環境に応じて、光を感じる細胞の形や持ち合わせを変えた動物がいる。解明を進めることで、動物が生息環境に巧みに適応していることの、分子レベルでの理解が深まりそうだ」と述べている。

 ところで、現代では是非は別として、夜型生活の人も多い。社会がこんな状態を長年続けるうち、ひょっとしてヒトがこれからの進化で桿体を複数持つ、なんてことが起こったりするだろうか。いや、照明をつけて暮らしていれば、その必要もないか。…ともあれ、今回の成果はヤモリの話だが、私たちヒトの視覚について改めて考えるきっかけにもなった。

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