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「人類が解きたい課題は尽きず」国産初の量子コンピューター、利用開始

2023.03.28

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 将来、スーパーコンピューターをはるかにしのぐ演算ができると期待される量子コンピューター。その国産初の試作機を理化学研究所などのグループが開発し27日、外部の研究機関などが利用できる「量子計算クラウドサービス」を開始した。米中などで研究開発が加速する中、利用を拡大していきハード、ソフトの高度化や用途の探索、人材育成などを進める狙いがある。

国産初の量子コンピューター。左の白い冷凍機の中に、64量子ビットの集積回路チップが収められている。多数の配線で、右の制御装置につながっている=27日、埼玉県和光市の理化学研究所
国産初の量子コンピューター。左の白い冷凍機の中に、64量子ビットの集積回路チップが収められている。多数の配線で、右の制御装置につながっている=27日、埼玉県和光市の理化学研究所

 国産初の実機は、埼玉県和光市の理研に設置。量子計算の基本単位である量子ビットの素子を64個並べた集積回路のチップが磁気シールドに、これがさらに、ほぼ絶対零度に冷却できる冷凍機に収められ、制御装置につながっている。

 同日会見した理研量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長は「計算技術はどんどん進化しているが、人類が解きたい課題は尽きない。そうした中、量子コンピューターが注目されている。今はまだ小さく、できることは限られている。いろいろな興味を持つ研究者、技術者がアイデアを持ち寄って試し、分野として広げていくことが、この実機の重要な役割。フィードバックを受け、われわれもシステムを改善していきたい」と説明した。

会見する中村センター長=27日、理研

 素子に超電導体を使う方式を採用した。現時点では64個の素子のうち53個が動作する。問題がある11個はアップデートを目指す。素子を平面に並べ、これに対し信号の配線を垂直に取り付ける構造にした。これは将来、量子ビットを簡単に拡張できるようにする工夫という。

 研究は文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」のプロジェクトの下、理研や産業技術総合研究所、情報通信研究機構、東京大学、大阪大学、富士通、NTTなどが進めてきた。科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業」のプロジェクト(昨年3月まで)などの支援も受けてきた。

 クラウドサービスを利用できるのは当面、量子計算などの研究開発に関わる非商用の場合。登録により無料で、外部からインターネットを通じ利用できる。今後はシステムの安定や拡張により、対象を拡大するという。

 量子コンピューターは、物質を構成する原子や電子など「量子」の世界の物理法則「量子力学」に基づき計算する。従来のコンピューターは半導体にかかる電圧の高低によって0と1を表し、2進法で演算する。これに対し量子コンピューターは、量子力学の世界の、0と1が重なって同時に存在する状態を利用し、多数の計算を並列化する。社会の情報量が飛躍的に増え続ける中、既存技術による半導体の微細化では限界があり、量子コンピューターが革新的な情報処理を実現する基盤技術として期待される。

 スパコンでも計算量が多くなる複雑な問題で、力を発揮すると期待されている。考えられる応用分野は例えば化学や創薬、医療、エネルギー、材料。人工知能や金融、物流などへの利用も想定されている。技術が暗号解読に使われると政府や企業の機密漏洩につながりかねないといった観点から、安全保障上の重要性も認識されている。

64量子ビットの集積回路チップ(理研提供)
64量子ビットの集積回路チップ(理研提供)

 米グーグルやIBM、中国科学技術大学、浙江(せっこう)大学などにより開発が進んできた。後れを取ってきた日本も産学官が連携し、今回の実機の利用などを通じ加速を図る。ただ、本格的な実用化には100万量子ビットが必要ともいわれる。計算の誤りを訂正する技術や、精緻な制御技術なども大きな課題で、実用化への道のりは相当に長そうだ。

 中村センター長は「実現はチャレンジングな課題。先行するチームは世界的にいくつもあるが、まだ先の長い(時間がかかる)技術。われわれが貢献する余地は十分にある」との見方を示した。

 未来社会を支える基盤技術として、期待の膨らむ量子コンピューター。研究開発は実に息の長い取り組みとなるだけに、優れた研究者を育て、着実に世代交代していくことも大きな課題となるだろう。暮らしに役立ち、また技術の裾野が広がれば産業経済の多方面にも好影響が期待できる。日本がどこまで実力を高めるか、ウオッチしていきたい。

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