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切られてもくっつく! 接ぎ木で植物が発揮する修復力、その秘密に迫る

2022.12.20

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 接ぎ木は、異なる種類の植物の茎や枝などを切ってつなぎ合わせ、“イイとこ取り”をして農業や園芸に役立てる方法だ。組み合わせにより病気や害虫、連作障害に強くしたり、収穫時期をずらしたりとメリットが大きいという。植物の見事な修復能力をうまく利用しているが、方法が広く知られているわりに、仕組みはよく分かっていなかった。こうした中、奈良先端科学技術大学院大学などの研究グループが、重要なスイッチ遺伝子やホルモンを突き止めるなど、謎の解明を進めている。

切り口の「カルス」どうしてできる

カルス。シロイヌナズナの葉と茎をつなぐ部分の切断部にできたもの(奈良先端科学技術大学院大学提供)
カルス。シロイヌナズナの葉と茎をつなぐ部分の切断部にできたもの(奈良先端科学技術大学院大学提供)

 例えばキュウリとカボチャの胚軸(根と子葉の間の茎)に切り込みを入れ、接ぎ木することが広く行われている。別の種をつなぐなんて…何だか荒っぽいことにも思えるが、正しくやれば植物は乗り越えてくれるという。切り口には「カルス」という未分化状態の細胞の塊ができ、切り口をふさいでつなぎ合わさる。カルスはやがて、水分や養分が通る維管束をはじめ、さまざまな組織を作る細胞へと分化していくことができる。では、切られて刺激を感じた植物は一体、どんな仕組みでカルスを作り、つながっていくのだろう。

 同大先端科学技術研究科特任准教授の池内桃子さん(植物発生学、2022年3月まで新潟大学理学部准教授)らの研究グループは、実験に広く使われているモデル植物のシロイヌナズナの遺伝子の働きを調べた。その中で、切ってほどなく働き出す遺伝子「WOX13(ウォックスサーティーン)」に注目した。別の遺伝子のスイッチ役である「転写因子」の一種で、陸上植物が幅広く持っているため、何か大切な役割がありそうだ。コケ植物では、葉が切れた時に幹細胞ができるのに重要な存在だが、種子植物での役割は分かっていなかった。

植物の修復力の謎に迫る池内桃子さん=奈良県生駒市の奈良先端大
植物の修復力の謎に迫る池内桃子さん=奈良県生駒市の奈良先端大

 そこでまず、WOX13が働かない突然変異体を調べると、カルスが著しく小さくなり、特に大きな細胞が消えてしまっていた。器官どうしが全くつながらなくなった。つまり、WOX13は切り口がくっつくのに必要なのだと分かった。

 さらにWOX13は、体の再生に重要な「WIND(ウィンド)」遺伝子群と働き合い、また、細胞壁の成分である多糖の分解や細胞の伸長をコントロールする遺伝子に対して働いていることが分かった。切られた刺激でWOX13が働き、細胞を未分化の状態にしてさまざまな細胞に分化できるようにしたり、細胞壁を再編成させたりしている。このようにして、転写因子WOX13がカルスの形成や切り口の接着をつかさどっていることを発見した。

 この成果は米植物生理学誌「プラントフィジオロジー」電子版に掲載され、研究グループの新潟大学、理化学研究所、名城大学、中部大学が2021年11月に発表している。

一方通行のホルモン「オーキシン」に着目

 池内さんらは、さらに研究を進めた。細胞を成長させる重要な植物ホルモンに「オーキシン」がある。オーキシンは葉から根の方向へと一方通行で移動するのだが、接ぎ木のためなどで体を切られると、どんな振る舞いをするのだろう。

シロイヌナズナの葉柄を切った上側ではカルス形成が活発だが、下側は明らかにできが悪い(奈良先端大提供)
シロイヌナズナの葉柄を切った上側ではカルス形成が活発だが、下側は明らかにできが悪い(奈良先端大提供)

 池内さんは新潟大学で学生たちと研究を進めるうち、シロイヌナズナの葉と茎をつなぐ棒状の部分「葉柄(ようへい)」を切ってできるカルスに、際立った特徴があることに、ふと気を止めた。切った上側の方で活発にカルスができているのに、下側は明らかにできが悪いのだ。切られた刺激自体は、上側も下側も同じはず。それなのにこんな違いが出るのは、葉柄の上下で何か違いが起きているからではないか。

 これを調べたところ、葉柄を切ってから3時間経ったオーキシンの濃度は、葉柄の上側の方が高まっていた。一方通行を考えると予想範囲内の結果ではあるのだが、「ホルモンの量はいろいろと制御されており、実証するのは難しい作業でした」と池内さん。また、オーキシンに応答して働く遺伝子も、上側でかなり活発になった。

 そしてオーキシンの一方通行を邪魔する薬剤を使うと、上側のカルスができにくくなった。逆に、下側にオーキシンを塗ってやると、まるで上側のように活発にカルスができた。こうした結果から、上側と下側の違いを生み出しているのはオーキシンの量の違いであることが分かった。

(左)オーキシンの一方通行(極性輸送)を邪魔する薬剤を使うと、葉柄の上側でもカルスができにくくなった、(右)葉柄の下側にオーキシンを与えると、カルスが活発にできた(奈良先端大提供)
(左)オーキシンの一方通行(極性輸送)を邪魔する薬剤を使うと、葉柄の上側でもカルスができにくくなった、(右)葉柄の下側にオーキシンを与えると、カルスが活発にできた(奈良先端大提供)

 WOX13の関わりも調べた。オーキシンを無傷の植物に与えても、切った葉柄に与えても、WOX13が活発になった。オーキシンの一方通行を邪魔する薬剤で葉を処理すると、葉柄の上側のWOX13の働きが著しく鈍くなった。こうして、切断の上側で活発にWOX13が働くのは、オーキシンが蓄積するためであることを突き止めた。

 この成果は日本植物生理学会の国際学術誌「プラント・アンド・セル・フィジオロジー」電子版に2022年10月20日に掲載され、奈良先端科学技術大学院大学、新潟大学、帝京大学、理化学研究所が発表した。

解明進め、食糧問題への貢献も

 一連の成果を基に池内さんらは、こんな仕組みを提唱する。まず(1)器官が切られると刺激が起きる。すると(2)葉から茎の方へと移動するオーキシンが、切り口の上側では蓄積する一方、下側では少なくなる、(3)切られた刺激とオーキシンの両方が高まる上側で、WOX13が特に強く働き、カルスが活発にできる。やがてカルスの部分の細胞が分化するなどして、切断面がつながるようになっていく--というものだ。

池内さんらが提唱する、カルス形成と切断部の再接着の仕組み(奈良先端大提供)
池内さんらが提唱する、カルス形成と切断部の再接着の仕組み(奈良先端大提供)

 WOX13は先行する研究で調べられていたコケ植物に加え、シロイヌナズナのような被子植物でも、体を修復する鍵を握っていた。進化を重ねても陸上植物が幅広く維持していることから、修復のために重要な遺伝子であるという理解が深まった。このことも興味深いと、池内さんはみている。

切られてもくっつく! 研究で分かってきた植物の修復の仕組み(取材を基に作成)
切られてもくっつく! 研究で分かってきた植物の修復の仕組み(取材を基に作成)

 切られた刺激を引き金にカルスができる一連の現象の謎が、かなり解けてきた。ただ、オーキシンの信号を受けた細胞がWOX13を活発にする詳しい仕組みや、そのWOX13のさらに詳しい仕事ぶりなどは、今後の研究課題として残っている。

 植物が巧みに体を修復し、生きようとする生命力。私たちがその仕組みの解明を進め、接ぎ木などのノウハウを高められれば、農業や園芸に役立ち、世界的に懸念が高まる食糧問題に貢献する可能性も秘めている。

 池内さんは「シロイヌナズナの実験で分かったことが、どれくらい普遍的かなども基礎科学として興味深いです。私たちは今はメカニズムの解明に集中していますが、いろいろな作物の再生能力を高めることで農業を効率化できたら、素晴らしいと思います」と語る。2021年11月には、池内さんが科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業に採択されている。研究課題名は「植物の器官新生過程における細胞運命決定と自己組織化機構の解明」だ。

「再出発できる」驚異の生命力

 「動けず動物より弱そうなのに、繁栄している」と、子供の頃から植物に熱い視線を注いできた池内さん。図鑑を片手にハイキングに出かけ、植物の体のさまざまな形がどう決まるのかについて、特に興味を深めたという。学生時代を通じて科学的に突き詰めるうち、細胞の分化に着目。分化や、未分化状態に戻る「リプログラミング」、再生に関連する研究の道を走ってきた。

植物の魅力を語る池内さん=奈良県生駒市の奈良先端大
植物の魅力を語る池内さん=奈良県生駒市の奈良先端大

 ところで、動物の体だって修復能力を持っている。例えば私たちが転んで擦りむいた所には細胞ができ、やがて治る。そこで池内さんに「植物ならではの面白さって?」と尋ねると「再出発できることです」と答えてくれた。「体組織から個体全体を再構築しても生きられます。細胞を初期化(未分化状態に戻る)し、細胞の集団の中でまた秩序を作り、正常な個体を生み出せるのは、まさに再出発。元通りに治すどころか、作ってしまえる。すごい能力です」と魅力を語った。

 「再出発できる」。池内さんの力説に対し、人生もできればなあ…と、なぜかしんみりした気持ちになって研究室を後にした。それはそうと、人類はこれからも植物の生命力に学び、あるいは彼らの生存術を味方につけ、よりよく生きていくことを目指そうではないか。そんな思いを強くする取材となった。

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